サンサンコーナー
小松らしさとは
前回は、小松の都市計画には小松らしさが一切なく、これは小松人にグランドデザイン力がないからだということを話してきました。つまり小松の都市計画は、全国一律の「都市計画法」という法にのっとり進められたので、どこを切っても皆同じ金太郎アメを作ってしまったのです。これは我が小松ばかりでなく全国あちこちで見られる現象です。結果、全国どこへ行っても同じ建物、同じ商品、同じものばかりという事になってしまいました。
その中でいち早くこの弊害に気付いた地域が町興しとして取り組んだのが、京都の西陣商店街、滋賀県の長浜商店街等なのです。今ではいろいろな人がその成功を見学しようと、観光バスを連ねて、押すな押すなの盛況と聞いています。私もこれらの地域を見学に行って感じたのですが、これらの地域ではその地域らしさを強く全面に押し出した町づくりであったという事なのです。西陣商店街、長浜商店街ではそれぞれの地域らしさを強調していました。
その地域らしさとは何かと突き詰めて考えて見ますと、それはそこに住む人の個性にあると思われます。小松においては小松人の個性、それは現在だけではなく、過去に遡り、昔からず~と継続されてきた、引き継がれてきた個性ではないかと思うのです。
この小松人の個性は町名に表れ建物に表れ、言葉に表れ、人に表れ、商品(お酒、お菓子、衣類、鉄工その他)に表れています。これは江戸時代の前田家の方針である差別化戦略によって生まれたものでそれにより文化、文明として発展してきたのです。
今その遺産を、都市計画という法律の下にそれを全国一律のものとして、結果的に町を破壊してきているのです。その事に誰も気付かないまま30有余年が経過し、ますますその破壊の度合いを強めています。それはミニ東京、ミニ京都を作ろうとするものであり、小松らしさのカケラもないものなのです。そんなミニ東京、ミニ京都に誰が来ますか?誰も来ません。みんな東京へ、京都へ行った方が、そんなミニの付かない本物の方が良いと思うのは当たり前なのです。私はミニ東京でもミニ京都でもない本物の小松、小さくても良い、か弱くても良い、本物の小松、全国どこにもない本物の小松ならば全国どこからでも交流を求めてくるのではないかと思います。
本当の小松、本物の小松を私たちは求め、探し、気付いて、本物の小松人になろうではありませんか。
結局のところ、私も本当の小松人、本物の小松人を書こうとペンを取ったのですが、段々と書けなくなってしまって、これは小松人みんなが考えて認識すべきもので私一人が考えていてもいけない事だと思い、このようになりました。
みんなで真剣に考えましょう!!
2011.11.14 | 10:29
小松らしさとは
小松らしさとは何かということで述べてきました。今回、小松人とは何か?ということについて私見を述べてみたいと思います。
小松は南北に長く、八号線・JR北陸線に沿って伸びています。昔は粟津とは離れていたのですが、今はもうくっついてしまっているようです。そこに11万人弱の人々が暮らしています。繊維、鉄工を主としてそれに付随した商業が栄えています。
繊維は京都との取引において都の風を習ってかどうか、お茶・お花等の芸事が盛んで、それに伴ったお菓子・日本料理・器である九谷等が盛んです。その上市民全体が裕福であると思います。住居も土地の広さは60坪以上の広さが当たり前ですし、建物も3LDK以上を求める贅沢さがそれを証明しているのではないかと思います。
その為、味にうるさい人がとても多く、全国チェーンの食べ物屋が来てもあまり長続きしない傾向にありました。最近はそんなこともなくなって来ているかも知れません。その上最初はどっと押しかけ、押すな押すなの大盛況になるのですが、飽きてくると一気に行かなくなる。物珍しいものに興味を持つ反面飽きっぽい性格を持っています。これは政治の面にもよく表れ、首長が度々交替していますし政策面においても一貫性が失われる要因ともなっているかも知れません。
人情味は豊かで、自宅でとれた野菜を毎日近所に配り歩くぐらいです。このような情の厚さがある反面、伸びようとする人の足引っ張るというか邪魔をするという、いけずな面もあります。それが飛び抜けて伸びてしまえば、今度は応援に変わる人の良さをも持っているのですが…?
また、親方になりたがる性格が強いのか、良く言えば独立心が強いのかいろいろな小さな組織があり、ボランティア活動ひとつ取っても、あるわあるわもういっぱいです。これも統一性をもって組織立てればもっと効率よく効果を出せるのに、と思うのは私だけではないでしょう。でもその多彩さが小松の活力であったのかもしれません。最近は全国どこでもそうらしいのですが、そんな活動家達が減ってきていることが小松の活力を削ぐ、日本の活力を削ぐ大きな原因なのかも知れません。
小松の都市計画は昭和50年頃に制定されました。これは都市計画と呼べるほどのレベルのものではないのですが、この都市計画に、新し物好きの市民が跳びつきこれをひたすら守ってきているのです。法律に対する従順さというか無知さ故に、町を破壊し市民のやる気を失わせ、外部からの移住を疎外していることに気づかないでこの都市計画を守り続けているのです。
全体を見渡す眼を持たなくてミクロなところにばかり眼がいく市民性、全体のグランドデザインを描くことの下手さがというより、全く持ち合わせていないことの弊害が、今如実に現れてきているのではないかと思います。
辛口の話になってこれからが佳境となってきたのですが、後は次回に譲りたいと思います。
2011.11.14 | 10:26
小松らしさとは何か
前回は小松の自然で小松らしさを挙げ、今回は小松人の小松らしさをという事でしたが、その前に小松らしさの大事な点を忘れていましたのでそれについて述べます。
それは小松の自然によって育まれる食べ物です。その食べ物の美味しい事、それは天下一品ではないかと思っています。まず魚介類の新鮮さ、そしてその美味しさは素晴らしい小松らしさだと思います。おかげでお寿司屋さん、割烹やさんの料理の美味しい事、また町の魚屋さんに並ぶ魚の美味しい事・・・・。
米を筆頭に野菜の新鮮さ、大根・トマト・ナス・・・etc.の美味しい事。この夏は特に近所から頂くナスやきゅうりの一夜漬けなんかもう最高!!これも小松の豊かな自然が育んだ小松らしさかも知れません。
それにお菓子屋さんの多彩なこと、全国に名を馳せる名だたる銘菓が目白押し、氷室饅頭やお茶うけのお菓子職人は多士済々です。
また白山の水を利用したお酒、野田町の神泉、今江の関白と酒飲みにはこたえられません。これも小松らしさと言えるかな。
今この小松の食べ物の小松らしさは小松の各お店、商店と競い合い、 小松市 農協のあぐり、木場の道の駅と発展していっているようです。
より美味しいもの、新鮮な物を全国に発信していけば小松の活性化につながるのかも知れません。
また産業という面で小松らしさを捉えてみれば、小松と言えばコマツのブル・プレスが小松市よりも有名です。それによる鉄工業界の技術力の高さは小松が誇れる産業だと思います。これと双璧を成していた繊維業界、本絹を筆頭に合繊撚糸と織物を作る技術は小松らしさだと思います。その商品を京都に売ることによって、京都という都との人的交流こそが後に述べる小松人を育ててきたのかも知れません。
そうそう忘れていけないのは九谷焼き、陶器の製造。人間国宝を輩出するぐらいの高い技術も小松らしさの一つでしょう。その他これらに付随して諸々の産業の中に小松らしく育っているものがあるでしょう。
これを育てているのが他ならぬ小松人なのです。次回こそこの小松人の小松らしさ、良きに付け悪しきに付け小松らしさを述べてみたいと思います。
連日暑い日が続いていますが、元気で次を期待してください。
2011.11.14 | 10:24
小松らしさとは何か
前回都市計画において、全国一律ではなく小松らしさを出さねばならないと言いました。ではその小松らしさとは何か?と考えてみますとハタと思考が止まってしまいました。感覚的には理解していたつもりだったのですが、具体的に言葉にして書こうとするととても難しいのです。ハテ小松らしさとはいったい何だろう、一度小松の外に旅に出ると感じられるのかも知れません。
まず旅に出て帰って来ると、小松空港、JR小松駅、高速道路の長崎インター、八号線等々、歩き・車等で入ってくるわけですが、では小松空港の中に小松らしさがあるかと言いますと殆どどこの空港でも同じ造りで、強いてあげればお土産コーナーに小松の産物が並び、二階のレストランに中佐のうどん屋さんがあるぐらいです。JR小松駅はどうでしょう。これも高架化による駅の新築により、近代的にはなっているけれども殆ど最近造られた全国どこの駅も一緒です。キオスクもトイレも駅前も、とにかく小松らしさを感じるものは殆どありません。駅前広場で自転車や一輪車を操っている人やラジカセで踊っている人ですらオリジナリティーというか小松らしさは感じません。小松インターしかり、八号線しかり、最近出来た加賀産業道路の道の駅しかりです。
ところがこの道の駅はたいへんな賑わいらしいのです。建物は外観だけを見ていますと全国どこにでもあるような外観です。では何が人を集めているのかと言えば地元の人が作る食菜らしいのです。しかし他県の人が来ているかと言えばそうではなくて地元の人が新鮮な食菜を求めて集まっているらしいのです。もしかしたら、その食菜に小松らしさと言われるものがあるのかも知れません。地元の人(小松人)が集まる場所に外部からも人が集まるという図式ができあがれば、この道の駅の繁栄もあるかも知れません。惜しむらくは、来るお客様のことを考えれば、現在倉庫が建っているあの場所こそが最高の立地であったなと思いますが。
そう思って見ますと施設とか場所において小松らしさというものを殆ど見つけられないのは私だけでしょうか?ここに全国一律の金太郎飴的な都市計画の悪影響が如実に現れてきているのではないかと思います。
そうそう思い出しました。私が大阪に住んでいた時いつも思ったこと。それは小松の水が恋しい、小松の水がおいしい、水道の蛇口に直接口をつけて飲んでもとてもおいしかったこと。この水は小松らしさかも知れませんね。もちろんこの水は単独であるわけではなく、その水を作り出す自然の豊かさがあるからです。そうそう梯川がある。その源の深い深い山があり木々が茂っている。そうだ小松に帰って来ると空気もおいしい。これも豊かな自然があるからです。そうだいつも小松のどこからでも見える白山がある。この白山は姿が美しいだけではなく、台風等の災害から我々を守ってくれている。そうだ小松は地震、洪水、台風等の災害も少なく安全な地域です。これも小松らしさかも知れません。
先ほどから考えてみますと小松はとても自然に恵まれています。海あり山あり平野あり、この自然こそが小松らしさなのかも知れません。それでは、この自然を守るために小松人は努力しているかというと残念ながら「?」をつけざるを得ません。たまたま偶然にある、残っているとしか言えません。この自然を我々小松人は次世代に残していく努力をしなければいけないのです。紙数が尽きたようなので次回にまわしたいと思います。
次回はこの小松らしい自然に育まれた小松の人、小松人について小松らしさを語りたいと思います。
2011.11.14 | 10:19
小松らしさとは?
前回都市計画において、全国何処にもない小松らしさを出した都市計画が必要ではないかと言いました。ではその小松らしさとは具体的に言うとどういうことかと真剣に問いかけると、焦点が定まらずうまく答えられないのではないか、よしんば答えられるとしても人によってそれぞれいろんな意見が出てくるのではないかと思います。それは人によっていろいろレベルが違うからだと思います。
例えばお茶やお花を勉強している人は文化の町、お茶等に関連してお菓子作りの町、歴史を学んでいる人は歴史の町、前田利常公の隠居城でその城下町と商業の町として捉え、尾小屋銅山に発する小松製作所を筆頭とする鉄工・物造りの町、水の良さ米の美味しさをとってお酒造りの町、いや日本海の幸を利用した寿司屋等の飲食店の町、小松飛行場を利用して空港の町、航空自衛隊の町、いや緑多き山並み、梯川、安宅海岸等の自然の豊かさ溢れる町、絹織物、合繊等の織物の町、等々私が思いつくだけでも数え上げていけばきりがないほど上げられます。
でも今の活動はもっともっとという事で、他からの誘致ばかり企画しています。特に企業を誘致しようと躍起になっています。でもよく考えると他の市町村も同じように活動しているわけです。その中で何処からか誘致すれば、どこかがへこみます。という事はへこむ側は一生懸命それを引きとめようとするわけです。つまり、この誘致というのは一見簡単そうに見えて実は非常に難しいことだと私は思います。だから結果として各自治体ともそんなに成果が上がっていないのです。
私はこんな難しい誘致なんか横において、今あるものを利用した方が、又あるものを育てたほうがより効果が出るように思えるのです。例えば、町の工場を育てるとか、九谷を大きく発展させるとか。これまではそんな視点で政策が成されたとは決して思われません。町の工場が何千坪何万坪も一気に広げられるかと言えば、それは資金的にも組織的にもいろいろな面で無理でしょう。
しかし、街中では狭すぎてこれ以上大きくできないとか、騒音や公害等で近所に迷惑をかけながら肩身の狭い思いでやってきているのが実情ではないかと思います。
これからは他に目を向けるのではなく、小松の内にあるものに目を向け、市民でそれを育て、それを広告するという政策が必要ではないかと思うのです。
おいおい、表題の小松らしさはどうなっているんや、脇道にそれすぎではないかと思われるかと思いますが、これからが本題です。次回をお楽しみに!
2011.11.14 | 10:05
地価公示の発表について PartⅡ
「地価は人の頭の中にある」人間は自然界の中に都市という不思議なものを作り出しました。テリトリーの中に家を作り、道路を作り、給排水し、鉄道を作り空港を作り、工場を作り商店を作り、大型商業施設を作り、田んぼを作り、市庁舎を作り、その他警察署を作り自分の会社を作り、その他いろいろなものを作り出してきました。その中で自然の摂理に従っているのは子作りだけかも知れません?。それ程人間は、自分の生活のために人工的にいろいろな物を作り出してきました。あまりにも作りすぎて自然界にも大きな影響を与え出したのが基本的な環境問題なのです。
この人間が作り出した都市というか、町が地価というものを作り出していると私は思っています。都市は人の頭の中にあることを形として現したものであると思います。その都市の中で互いに価値を見出し、つけたのが地価です。従って、地価というものは人の頭の中にある、という三段論法になるわけです。
だから地価を上げ下げするのも人の頭の中にあるということになります。
都市が人の頭で考えてできたものであるなら、その一部である地価も頭の中にあり、都市を良くすれば地価が上がり、都市を悪くすれば地価が下がるということになります。
では都市を悪くするとはどういうことか、考えて見ましょう。悪くするとは、ひと言で言えば、人が住みにくくなるということではないでしょうか。では、人が住みにくくなるとは具体的にどういうことなのでしょう。
都市は人の為にある、住む為にある、経済活動をする為にある、その他いろいろの為にある。でも基本的には人の為にあるという事なのです。人の為にという事はいかに人が住み易いかを常に考えていかなければならないと思います。
そう考えてみますと、小松の都市計画は人の為にされているでしょうか?当然成されてしかるべきなのに、成されていないのはどうしたことでしょう。それは計画を作り上げた時のレベルがあまりにも低過ぎたが為に、計画自体が計画になっていないのではないでしょうか。
計画といえば、将来のあるべき姿を模索して立てられるべきなのですが、今の小松能美の都市計画は将来何が出来上がるのか、私たち市民はおろ か小松市 の行政当局ですら答えられないのが現状なのです。
この現状を認識し、改善しないと都市計画に対して物凄い努力と投資をしながら、街づくりどころか街壊しの努力をしてしまうという結果になってしまいます。これで10年、20年いや100年後の小松を想像すると私はゾッとしてしまい、もうこれ以上小松に投資するのは危険ではないかと危惧されるのです。
今現在、小松は大変恵まれています。空港があり、小松製作所があり、自衛隊基地があり、豊かな自然、山、川、緑、空気があり、白山があり日本海があり、その他いろいろあります。この豊かなものを生かし、開発しないで残すものは残す、開発すべきものは開発する、それも小松らしさを出して全国どこにもない、本当の小松らしさを追求した都市計画が必要なのではないでしょうか。早くしないと手遅れになりそうで心配です。
次回は小松らしさとは何かを考えてみたいと思います。皆様のご意見があれば、お聞かせ下さい。
2011.11.14 | 09:58
地価公示の発表について
地価公示が発表されました。土地の一物六価と言われる評価のひとつです。この評価で全国的に地価が下落しているとニュースで姦しく騒いでいました。特に商業地の下落は激しく、次いで住宅地が激しいとのことでした。
そして我が石川県においては金沢、小松の下落が著しく、特に小松においては小松製作所の移転や大和デパートの撤退による影響が大きくて下落率に大きな影響を与えているという報道が、これでもかこれでもかとされていました。私はこの報道こそが地価の下落に拍車をかけるのではないかと危惧を感じると共に苦笑いを禁じえませんでした。
何故苦笑いを禁じえなかったかというと、地価というものはそれ程危うく不安定なものだからなのです。どう不安定かといいますと、地価は人の頭の中にあり、自然界には無かったものであるからです。
自然界の動物達は自分の土地というより縄張りを主張する時は体を張って戦い、勝てばその縄張りを確保でき、負ければどこかへ行って新しい縄張りを確保すべく放浪しなければならなくなり、どんどん条件の悪い縄張りに落ちていきます。その縄張り(テリトリー)の確保に地価というものは無いのです。生活に有利な条件か不利な条件か、それしか無いのです。それを人間は戦いで確保してきたわけです。戦争と言われるものがまさにそうです。日本でも数十年前まではそうでした。いや今も竹島や尖閣列島等、国境の争いは続いています。これを争いではなく、お金で決めようとしたのが不動産の価格、評価なのです。ですから、この土地評価は人間の頭の中だけにあるのです。つまり、マスコミが下がった下がったと言えば、影響を受けやすい人間の脳は地価は下がると思うのです。特に日本人はマスコミの影響を受けやすいので悪影響を受け、地価が大きく下がると思われるわけです。これが私の苦笑いの原因です。
下がった事をことさらに報道することによってより下がる、これは偏った報道というか、デフォルメされた報道によって、より地価に影響を与えるという事なのです。
ではどうあるべきなのでしょう。それは事実をキチッとサラリと伝えれば良いのです。あんなに何度も何度も、又リポーターが小松の大和や製作所の建物を映して地価の下落の元凶があたかもこの二つにあるかの如く報道するのを見れば、 小松市 民の心は冷え切り、他市の人も小松はダメだと思い、より地価が下がっていくという悪循環になっていくのです。それを報道が助長していくのです。
私は今の小松の地価下落の原因は他にあると思っています。大和の撤退はそれによるのであってそれは結果であり、原因ではないと考えいます。撤退したからと言って、少々の影響はあるかも知れませんが、そう大したことは無いと思います。何故かと言いますと、小松市 民は今までそう大和を大切にしてこなかったと思われるからです。私は、『大和が無くなったら小松はどうなるんやろ』と言う人に質問します。最近いつ大和へ行ったの?と殆どの人はこの2~3年、ひどい人は10年も行ったことが無いと言うのです。それなのに大和の撤退が影響あるの?と聞くと、いなくなったら夜暗くなるから、という話です。それ程今まで無関心だったのです。これで本当に影響があるのですか?というのが私の感想です。
で、話が脇にそれてしまいましたが、地価は人の頭の中にあるという本論に戻りたいと思います。紙数が尽きましたので次回に続くということで。請うご期待!!
調亮
2010.4.8 | 18:33
私の考える本当の町づくりとは(私の梅田町)
私の住む町梅田町は今現在180世帯が生活する町です。3人に一人が65歳以上の老人となり、まさに日本の少子高齢化社会を具現化していると言っても過言ではありません。
私の子供の頃は270世帯程が生活し、子供達も何百人といて、もうそれはそれは子供の声で喧しく、その為に猫や犬なんかも落ち着いて日向ぼっこもできないという具合でした。それが今は日曜日でもまったく静かな大人の町になってしまいました。
しかし、今でも年寄りが自分の庭や家の前に植木を植え、花を咲かせて美を競っています。その事によって町民同士の挨拶があり、会話があり、誠に下町然とした人情が通い合う町となっているのです。私の母も今年86歳になり、(失礼!女性の歳を言っては母に叱られますが)その仲間達がいろいろと会話し、収穫したキューリや茄子、大根とか菜っ葉等、色いろな作物を交換したりと大変なコミュニケーションができています。おかげで私は毎日新鮮で美味しい野菜を食べ、綺麗な花々を愛で、結構な思いをしています。
このような地域での会話が老化の防止、老人の社会性の維持に大変役立っているのではないかと思います。これは誰か専門の方に研究してもらえるとデーターとしてはっきりするのかも知れません。今後に期待しましょう。
では何故この梅田町にこのような会話があるのでしょう。最初の町誕生の頃は小松製作所の社宅として開拓され、後 小松市 の市営住宅として開発されました。敷地面積は1棟につき25~35坪ぐらいの区割りで二戸一の連棟式平屋の建物でした。それを隣の敷地を買って50~60坪の大きさにして新しく建物を建替えし現在に至っています。
私は、敷地が小さくてコチョコチョと家が寄り集まっているこの状況がとても良いのではないかと思っています。隣の夫婦喧嘩がまともに聞こえ、子供の泣き声が聞こえる、この親近感が何ともいえません。その子供達が大きく成長してもその身内感と言いますか親しみは何ともいえません。その上に道路といいますか、通路が4m弱の幅で車が交差できない狭さなのです。これが道路を挟んだ向かいとの会話までも弾ませ促進させるのです。
敷地がコチョコチョと狭い、車が交差できないほど道路幅が狭い、これが地域のコミュニケーションを形成し、町の雰囲気を良くし、年寄りに社会性を持たせているとしたら、今まで 小松市 でやってきた都市計画の規制はいったい何だったのでしょう。
開発行為の規定は土地50坪以上、道路幅6mという具合に行政指導してきました。結果、車で会話が分断され、子供達が危なくて道路で遊べない、年寄りがゆっくりと歩けない、こんな町づくりになってしまいました。町づくりとは何だろう、何のために、誰のために、今まで何を指導して何を作ってきたのだろうと思います。
今住民同士の会話がなくなったという話が各地域から聞こえてきます。特に新しく作られた町から多く聞こえてくるように感じられるのは私だけでしょうか。私はこれからの町づくりは、一つ一つきめ細かに人の心理、情を理解し子供も大人も老人も、皆が共生できる、会話できるそんな町づくりこそが求められるのではないか、そんな気がしています。
私の個人的な意見でまだ誰にも話していないのですが、私の町は車の進入通過禁止にして、子供や年寄りが安心して日向ぼっこをしたり遊んだりできる歩行の町にしたいなあと一人思っています。それには大変なパワーがいりそうですね。でも住みやすい、住民のために住民に視点を当てた町づくり、これこそが本当の?「町づくり」なのではないでしょうか!!
調亮
2010.4.8 | 18:32
今は未曾有の不景気?
一昨年のリーマンショック以来日本は、というよりアメリカ発の世界的な不景気は、未だにそのダメージから立ち直れないで継続しています。その立ち直りの指数、消費者物価指数が上がったとか下がったとかがひとつの目安として取り沙汰されます。これは、端的に言えば物が売れたとか売れないとかという事だと思っています。では日本はどうなのかというと、やはり消費者物価指数は伸び悩んでいて、デフレ化が進んでいるという事らしいです。
でも私は、これは本当なのかなといつも疑問に思います。何故かというと、今の日本は物が充足されすぎて、買うものがないという状況ではないかと思われるからです。一家にテレビは3~4台、冷蔵庫や洗濯機も2~3台、車は2台~5台、衣服はタンスに溢れ飽きたらポイ、食料品は賞味期限が切れたらポイ、何でもポイポイです。これで毎日買うものがあるとすれば日々消費するものだけです。でもこれも限度があります。こんな中で売主は毎日努力してなんとか売り上げを伸ばそうとしているのです。しかし耐久消費財は10年~15年のサイクルでしか売り買いができません。車は5~10年であったのが8~15年ぐらいに延びています。もちろん物の性能が良くなったということはありますが、今は不況だというイメージからも耐用年数はどんどん延びています。また環境のために物を大切にしようという意識付けから消費が少なくなってきています。その上今の日本は少子高齢化社会となって、高齢者がどんどん増え続け、かく言う私も高齢者の仲間入りをしつつあるのですがそれはさておき要するに、消費はこの日本において絶対的に減少傾向にあるわけです。これを増やそうとするには、人を騙したりすかしたりして人の心を操る方法をとるか、それとも人が本当に必要としている物を常に消費者の立場に立って開発し提供していく方法をとるより他にないのではないかと思います。それこそがこれから一番大切なことだと思うのです。という事は、今までのやり方でジリ貧になりやっていけなくなった方法はもう社会には受け入れられなくなったのだと理解し、消えていくより仕様がないと思うのです。
今から日本の社会には物が溢れ、子供が少なくなり、老人が多くなって市場が縮小していく中で、景気というものを真剣に考えていくならば、ここに政治、本物の政治というものが必要とされてくるのです。でも今の政治家特にトップに立つ人達の経済音痴ぶりには驚かされ、この国を任せられるのかと不安になります。自分の母親から十何億円を貰っていても知らなかった、いや4億円の入金がどう処理してあったか分からないという状況で真に実のある経済政策が打てるのか、本当に心配です。
今国会を1日運営するのに1億円程かかるといわれていますが、小沢氏の4億円の話を4日間すると4億円が消費されるという事を忘れているのではないかと思われる程ののんびり国会です。もっとこの国の教育はどうすべきか、経済はどうあるべきか、都市はどうあるべきか等々、いっぱいあると思われるのですが・・・。人を中傷し、揚げ足を取ることに精一杯の国会では情けないですよ。
経済は生き物です。親方日の丸的な考え方を捨てて、国民が独立独歩の道を歩めるように努力させるように仕向けることこそが本当の政治なのではないでしょうか?
親方日の丸も日航の破綻で安全ではなくなった事を私達は知らされました。日本国も安全ではないのですよ。
調亮
2010.4.8 | 18:31
あけまして おめでとうございます
廩実則知礼節
衣食足則知栄辱
人は生活を支える財産が豊かになってはじめて、礼儀作法をわきまえ、衣食の心配がない生活になってはじめて身を修め、名誉と恥をわきまえるようになる。という意味です。
管仲の言葉です。管仲は紀元前7世紀、今から2,700年以上前の中国、斉の国の宰相です。彼は斉の桓公を覇者に押し上げた名臣であり治世の名人でした。2,700年以上も前の人がこのような事を言っているのです。
今の日本はと見てみますと、倉廩(米蔵)は満ち衣食も十分にあります。世界的に見ても、十分満たされているにもかかわらず、礼節を忘れ、恥を忘れ、破廉恥な行為、言行が多発し、国政を預かる者でさえ厚顔無恥にも嘘をつき、言葉を弄び、国の行方を誤らせようとしています。
これからこの国はどこへ行くのでしょう。今このときを頂点にして凋落するのでしょうか。いやそういう訳にはいきません。私たちの明治の先輩達は、開国した時に外国人(小泉八雲等)をして、こんなに礼節を知って栄辱を知った国民はいないと言わしめたほどの国民なのです。この国民性は世界でも有数の寺子屋をはじめとする教育システムにあったと私は思っています。今の日本人には教育はあるが教養のない日本人が増えています。
今からでも遅くはありません。今の国の荒廃は教育の乱れ、間違った教育の方針に原因があるのです。この原因を究明し、真の教育の立て直しこそが今一番しなければならない事だと思います。
教育は国の基本です。50年を見据えて息の長い教育改革こそが今必要だと思います。知識ではなく、見識を磨き、教養が身に付く教育を目指して是非やりましょう。
調亮
平成22年元旦
2010.1.9 | 13:43

