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サンサンコーナー

フェアorアンフェア PartⅡ

今の世の中フェアかといえば、必ずしもそうではないと思います
 まず、人間は神がお造りになったものですが、肉体的に見ても如実にその違いが理解できるのがオリンピックではなかったかと思います。特に陸上競技において、短距離、長距離を問わず、日本人にとっては500年かかっても追いつけない差があるのではないかと思います。この体格、体力、バネ等々といずれをとっても黒人の凄さには勝てないと思います。日本人が陸上で健闘している姿を見ると本当に感心します。でも人間は体力だけで勝負している訳ではありません。そこに知力、その知力を駆使して技術を開発し、それを訓練、鍛練することによってその体力に対抗する事ができると思います。しかし体力に恵まれた人が、同様に技術を真似して訓練、鍛練してくるとまた負ける。そしてまた新しい技術を開発し対抗する。というのが全世界の流れで はないでしょうか。そしてこれが自然の流れだと思います。
 しかしこの自然の流れに棹さす考え方が、今日本の教育界、いや日本人全体大多数の考え方としてあるのではないかと思います。
 それはいじめ問題に対する処し方です。
先日痛ましいいじめによる中学生の自殺がありました。これに対する社会の対応です。
 まず、おぞましい、聞くに堪えないいじめの実体です。いじめられた子供はさぞや辛かった事だと思います。いじめの実態を、その子供がどのように発信したのかは詳らかに解りかねますが、その発信されたサインを親、先生、教育委員会等まわりの大人たちが気付かなかったのか、気付いて見て見ぬふりをしたのか、いずれにせよ何の対策もしなかったのです。助けてもらえない事で絶望的な気持ちになり、社会にそれを訴えて自殺してしまいました。
この事によって社会は、その放置した(と思われる)先生、教育委員会をいじめの対象にしています。何故か親は被害者の側に立って、先生、教育委員会をいじめる先頭です。さらに、公平を期すという名目で「いじめ問題を考える会」という委員の人選にまで口を出す始末です。
 私は、敢えて言わせてもらえれば、このいじめの問題の一番の責任は、その子の一番身近にいる親にこそあると思っています。その一番の親が正義を行うという名目の元、大きな声で他人を追及しているのを見ると、どこかおかしいと感じてしまいます。
親が子供の悩みを聞く、相談にのるというのは当たり前で、本当に親身になって子供の発信に気をつけていたのかと思います。日頃から親子の対話、子を育てる親の立場を、家庭の環境を、作っていたのかと疑います。もちろん子供の発達段階で親を避ける時期はありますが、少なくとも親が被害者側の先頭に立って誰かを責めるというのは違うように思います。こう思うのは私だけでしょうか。そしてそれに対する社会の対応は、親を気の毒に思って、それを正義の声として大きく取り上げています。何をか況や(言わんや)です。
 また、社会のそれに対する対応の仕方もおかしいと思います。それはいじめを無くしようという動きです。
 冒頭にも書きましたが、神はいろいろな人を造り賜うた訳です。そこに“弱い者いじめ”は常に発生しているのです。人間の歴史自身が弱いものいじめの歴史なのです。原始時代は体力のある人が体力の弱い人を支配し(これも一種のいじめでは)、人間が多くなれば、多数民族が少数民族を支配し、今日本は国力が弱くなってきたと見られて、竹島では韓国から、尖閣では中国からいじめられ、数えあげればキリがない程のいじめが繰り返されてきているのです。
 これは人間の本性ではないかと私には思える程です。この「いじめを無くする委員会」が、まことしやかに作られ、活動し続けてきていますが、未だその効果はなく、より陰湿に、またより拡大しているように思います。
これは、間違った解釈をしているからだと思います。いじめは自然界では「弱肉強食」という言葉で表現されているように、自然の摂理なのです。摂理をなくしようという無謀な事をまことしやかにやろうとしているからなのではないかと思います。
 いじめは無くす事ができない。ではどうしたら良いのか。
私はいじめにはどのように対応するのが良いのか?という事を、いじめられる本人に教え、先生や教育委員会がそれを指導していく事こそが本当の教育ではないかと思うのです。
いじめられたら親に相談、友達に相談して対策を練る、いじめられたらやり返す…?強い人の力を借りる、別の分野で強くなるよう努力する、体を鍛える(例えば空手を習う)と書いてくると、あっそうや私にもいじめられた経験があったんやと、ハッと気づくでしょう。そして命を懸けるのは、自殺の方ではなく、その対策、対処に懸けるのだという事を教える事こそが本当の教育ではないかと思えるのです。
 世の中は決してフェアではないと思います。
アンフェアが充満しているのです。その中で、フェアな世の中を目指す事に、命を懸けた強い心を育てる事こそが人生にとって大切な事なのです。

調亮

フェアorアンフェア!

フェアとアンフェア、ジーニアス英和大辞典を引いてみますと、フェアとは公正な、公平な、規則にかなった、適正な、正当な、好都合の、順調な、きれいなと訳してあります。アンフェアは不公平な、偏った、不当な、規則に反した、不正直なという訳で、フェアのまるで反対の意味になっています。
 フェアかアンフェアか、これは今社会に求められる倫理なのではないかと思います。フェアな社会、アンフェアな社会、これは近代民主主義が常に検証し続けていかねばならない使命なのではないかと思います。
 最近いろいろフェア、アンフェアについて気になることがあります。それは報道のあり方です。特に気になるのは、スポーツ報道です。例をあげればゴルフ界の石川遼選手。
彼は高校生の時に彗星のごとく現れ、大活躍をし、今までゴルフに無関心であった層までを巻き込んで世の中に一大ゴルフブームを作り出しました。その功績は素晴らしいものがあると思います。そしてその人気には絶大なるものがあります。
ところが、最近は少し調子が悪くて、ベスト10以外、予選落ちと不成績が続いています。
しかしその報道はというと、新聞では予選落ちした石川遼を写真入りでトップに掲載しています。予選通過者やトップ10の選手はおろか、成績トップの選手ですら、記事の扱いは石川選手の何十分の1という有様です。またテレビの報道においても、全く報道されない状況がNHKにおいても今もずっと続いています。彼らは一生懸命努力して、優勝争いに加わり、優秀な成績を上げ、その大会を盛り上げているにも関わらず、全然報道から外れてしまうというのは、これは一体どういう事なんでしょう。
 なるほど一般の人の興味は石川遼選手に片寄っているのかもしれません。彼のみの情報を求めているのかもしれません。しかし、マスコミの姿勢が、大衆に迎合して大衆の求めるもの、大衆の好むものだけを報道して、新聞の販売部数、テレビの視聴率を稼ぐという方向へ行っているとしたら、これは大問題なのではないでしょうか?ここにも経済の原則が悪く働いているのでしょうか?
スポーツの報道ぐらいでなにを目くじらを立てているんや、そんなもんどうでもいいがや、大した問題でないやという声が聞こえてきそうですが、それは違うと思います。我々は情報が満ち溢れた時代に住んでいます。この情報は正しいのか、正しくないのかという判断を常に求められています。
でも公器と言われる新聞とかテレビが、特にNHKでさえ石川遼選手の片寄り報道をしているという事はゴルフというスポーツの形をいびつにし、一つの不自然な方向へと導いていくのではないかと心配です。実際、変な方向に向かっているように感じるのは私だけなのでしょうか?石川遼が予選落ちしたらその大会が終わってしまったかのように報道していく姿というのは正しい報道と言えるのか!いやそれは決して言えないと思います。
 日本人は本当に揺れ易い民族だと思います。それは単一民族であるために思考が偏りやすい傾向があるように思います。意見が大きく右へ寄ったり左へ寄ったりと大きくぶれます。こんな日本人の気質のところへ片寄った報道を為されたらそれは一体どうなるのでしょう。
 たかがスポーツ報道、それはスポーツだから大した影響はないと思われるかもしれません。でも報道機関の姿勢が、スポーツ番組だからそうなので、他の事は大丈夫なんやという事はあるのでしょうか?私はないのではないかと思うのです。次回はそれを検証していきたいと思います。
報道のフェア、アンフェアを検証してみましょう……!!

調亮

憧れのインドPartⅴ旅行後記

デリー空港からの日本への帰還は、私にとってとても疲れたものでした。
身体の疲労というより、気持ち・心の疲労を強く感じていました。
インドへ行った人は、とってもインドを好きになって何度でも行きたくなる人と、二度と行きたくなくなる人とに極端に分かれるとの事でしたが、私はそのどちらでもなく、二度とではなく、しばらくはインドへ行きたくないなあと思いました。
 何故ならとても精神的に疲れたからです。
これは、私がインドの都会へばかり行ったからかもしれません。南部の田舎の方へ行けば、又インドの素晴らしさを感じられたのかもしれません。
でも私は不動産業者なので、都市、都会でしか成り立たない不動産の価値という、物の原点を探るための訪問なので仕方がないかもしれません。
 まず私がインドの都会で感じたのは、社会の閉塞感です。街中に溢れる難民乞食、行き倒れ、ストリートチルドレン等々。そして、路上で寝ている人、死んでいる人?等々。どの都市へ行っても、どの都市へ行っても同じである事。そしてその人たち、子供たちの教育はどうなっているのでしょう。とても正式の教育を受けているとは考えられません。
 金持ちはどんどん教育を受けて金持ちになり、世界に羽ばたいていけると思います。貧乏人は教育を受けられないために、いつまでたっても最下層の仕事をして、その場所から抜け出るのは至難の業だと思われます。
インドでは古くからカースト制度があり、新しい法律では人は皆平等であるという事になってはいるのですが、貧富の差によって、又教育によって歴然としてついてしまった身分の差が残っていて社会の風通しを悪くさせているのではないかと感じられます。
これは歴史の深いインドならでの弊害で、何千年という歳月を経て社会が成り立ってきているために、法律ができたからといって一朝一夕に改められるという性格のものではないと思います。その上富が富を生む資本主義社会の為に、貧富の差はどんどん格差が広がっていっています。世界一の金持ちはインド人であるというのも頷けることだと思います。
 今回のインド旅行では、比較的身分格差が少なく、努力さえすれば報われるという幸せを満喫している日本社会と比較して、インドが今後この格差社会を改善していくのは大変な道のりであると同時に、社会的に大きな変革が起こらないかぎりどうしようもないだろうなというジレンマに落ち込み、今までの海外旅行で感じた文化の差とか生活の差とかの「異質との出会い」とは別の、人間の怖さ、毎日の積み重ね、歴史の重さをつくづく感じさせられました。
南部にはもっとのんびりしたインドがあるのかもしれません。でも宗教が生まれ、哲学が生まれ、ゼロを発見したインドというのは、人口の多さによる摩擦、どうにもならない社会の閉塞感の中から特別に生まれ出てきたのかもしれません。
平和な日本に生まれ、自由を満喫できる日本人は感謝しなければならないなと思いながら、日本へ帰った次第です…!
どうしようもない、努力しても、努力してもどうしようもない、大きな壁にぶち当たった時の人間の行き詰まり感程辛いものはないと感じた旅でした

調亮

憧れのインド PartⅣ

さあいよいよ憧れの人ガンジーとの対面です。ガンジーは、英国の植民地支配に対し無抵抗主義を貫いて抵抗した人です。
どうしてインドにこのような人が生まれ出たのか、これが私の長年の疑問でした。今回ガンジー記念館で、この長年の疑問が解決するかもしれない、と淡い期待を抱いての訪問でした。
記念館は古い建物で、昔の小学校の木造校舎のようなイメージです。まず正面にガンジーが杖を持って歩く姿がドンと迫ってきます。この姿は私の書斎の本棚の上でインド象とガネーシャを従えている像と同じです。その写真の迫力は相変わらずすごいものです。
二階に上がりますとガンジーの生の声が英語とヒンズー語で聞けるようになっています。ガンジーの声はちょっとかん高くて、澄んだ知的な声で、私のイメージと一緒でした。
その記念館で、ガンジーの使っていたもの、ガンジーが作っていたもの、いろんな人々との交流の写真等を見て、感動して、売店でガンジーの英語の本を一冊求めました。私の英語の読解力では、読むのに何年かかることやら…?
でもなぜガンジーのような人がインドに育ったのか、私の疑問は解けそうにありません。
そしてガンジーのような無抵抗主義の人にさえも敵がいて、暗殺という形で世を去らなければならなかったという現実に、この世はとても複雑で、怪奇であり、絶対正しいという事などあり得ないのだという思いを強く感じました。
 この思いをつくづく感じてペナレスへ向かいました。早く行かないと混み合って、ガンジス河へ行けないというので、早朝まだ暗いうちに出発して、ガンジスの流れの中で日の出を拝みました。
異国の聖なる河でのご来光は、大気の埃のせいか弱々しい感じの太陽でした。何百年何千年、いや何万年という年月、変わらずに照っている太陽を見て、人間の小ささ、醜さを痛感させられたのは旅の感傷なのかもしれません。
その後は、手漕ぎのボートでガンジスの流れに逆らって、19才の男の子がひとりで我々全員を乗せて聖なる河の観光です。
河の中で、痩せた体にこの世でどれくらいのアカを身につけたのか、沐浴する人、その横で洗濯する人、その横には薪で火葬をする人、火葬を待つ死体らしきもの、火葬された後の灰の山。
でも薪で火葬される人は裕福な人で、貧乏な人は日本人のように重油で政府のお金で葬られるそうです。その灰は貧乏人も金持ちも皆平等にガンジスの流れの中に散骨されるようです。私は沐浴は避けて手だけを聖なる河に浸けて清めてまいりました。
 その沿岸は5階建てぐらいの建物が立ち並んでいますが、とても普通の人は買えないという事です。不動産業の本能が少し動きかけましたが、人の集まるところは不動産の価値を形成するという原理がこの聖地でも働いているようでとても面白く感じました。
 これでもうデリーへ戻って帰国です。

調亮

憧れのインド Part3

 さあジャイプールです。ジャイプールでは風の宮殿(ハワマハル)、シティ・パレスを見学してアンベール城に向かいます。
入口までは象のタクシーです。観光客は何百頭という象に乗ってアンベール城の門まで行くのです。象の高さは約3メートル、そして城への道が高台へと続いている為に、より高く感じられます。高所恐怖症の私にとっては怖い事、怖い事この上もありません。同行者は気楽なもので、見晴らしが良いからキャーキャー言っています。右に左に揺られながらようやく城門にたどり着きました。
城はレンガ造りで、山の中腹に街を守るように作られていました。ここに王様の家族、その閣僚、使用人、軍隊が詰めていたと思うと、生活の不便さはかなりのものだっただろうなあと思いました。ただインドとしては比較的涼しいなと感じました。全体は広々として、石・レンガ造りでガッサイな感じ。私が王様になってもこの場所には住みたくないなと思いました。
そのアンベール城からインドのポンペイと言われるファテブールシグリの遺跡へ行きました。感想はアルベール城と同じようなイメージでした。ホテルへ帰って早く寝ようっと!
 翌日は世界遺産のタージマハールです。
タージマハールは、ムガール帝国皇帝のシャー・ジャハンが、亡き奥様の為に建てたのです。全体が白大理石でできた白亜の宮殿(霊廟)です。白大理石は貴重であまりとれない上に、又とる事自体を禁止していたようです。職人もすごい技術をもってタージマハール廟を作ったようで、全体が完成した時には皇帝はその職人たちの両手を切ってしまい、ほかに同じものを作れないようにしたという事です。さすがに日本人の感覚とは大きな違いを感じました。同じものを作らせないという皇帝の欲の為に職人の両手を切る、ということを今の我々からは想像できないと思います。
子供っぽいというか、せんじょ張り(わがまま)というか、皇帝の幼さが感じられます。
そういう風にしてできたのがタージマハールを筆頭に全世界の歴史遺産なのです。何か割り切れなさを感ずるのは私だけでしょうかね?
 このタージマハールの白大理石でできた像の置物は私の事務所のガンジー像の横に鎮座していますので、ご覧になりたい方はどうぞ私を訪ねて見に来て下さい。
今私の事務所のガンジーは、左にインド象(白大理石造)、右にガネーシャ(木造、商売の神様で象の顔をした人間)に囲まれて、哲人のように歩んでいます。
今夜はトゥンダラ駅から夜行列車でアグラへ向かいます。次回にご期待!!

調亮

憧れのインド Part2

 翌日はデリー見学です。街は人、人で溢れ返っています。車あり、露天あり、牛あり、羊あり、何でもありで道路はごった返しています。あたりは車のクラクションがけたたましく鳴り響いています。交通ルールは『追い越す時にはクラクションを』という事で各車ともけたたましくクラクションを鳴らすのです。車は我れ先にと慌ただしく行くので、道路上のうるさい事この上なく、その上路上は込み合って大変です。交通マナーは大丈夫かいな、こんな所で運転はしたくないな、というのは我々同行者の偽らざる心境でした。
 広いインドでの移動中にちょっとした交通渋滞に巻き込まれました。それは大型バスと大型トラックが交差点で交差し切れなくて立ち往生、2㌔程の渋滞になってしまいました。日本人だと前の車が進むのを待っているのですが、インドの人達は待ち切れません。次から次へと隙間を目がけて入って行き、挙句の果てに対向車線にまでギッシリと車が埋まり、全く身動きできないくらいになってしまうのです。直接の原因であるバスとトラックの交差がうまくできても、対向車線に車がギッシリ入り込んでいる為にその渋滞がどんどん膨らんでしまい、銃を持った警察官か軍隊か?が出動してようやく渋滞が解消したのは3時間後ぐらいでした。
 私はインドの人達は賢くないなと思います。いくら少しでも前に行きたいとしても、反対車線に入り込んでいけば交通渋滞がますます増大していく事は自明の理なのに!これは日本の小学生の子供でも理解できることです。
少しでも前にという我儘さ、自分勝手さ、自分さえ良ければ他に迷惑をかけても良いという身勝手さがインドの人に充満してしまっている為に、このような渋滞が日常茶飯事に起きているだろうなと想像できます。 インド人のガイドによる「ここはインドです!」という言葉には「時間は遅れるのは当たり前ですという言外の意があるのも頷けました。
 私はこの交通渋滞を体験して、この自分さえ良ければというインドの人達の身勝手さは交通ばかりではなく、経済、政治等あらゆる日常生活に悪影響を及ぼしているのだろうと想像できます。それは弊害となって社会の風通しを悪くしているのでは、とつくづく感じます。これを正すのは教育だと思います。今日の日本で、他人を思いやる心、社会の風通しを良くしようという気持ちを持ち、社会が平穏になっているのは、有史以来特に江戸時代以降の教育が今日の日本を作っていると言っても過言ではないと思います。日本はいいなあとつくづく感じました。でも最近は…?
 私はインドで哲学が生まれ、宗教が生まれ、そのことに対して素晴らしいとインドを崇めていたのですが、その宗教が生まれ育った土壌は、人々の苛酷な生活と人々の競争といいますか揉み合いの中から生まれてきたのだなと痛感しました。インドでは宗教、哲学がどうしても必要なのだと思います。この哲学宗教で社会を構成していかねばどうにもならないのだ、というやり切れなさを感じました。これを教育によって正していくには500年以上かかるのでは?と思いました。
 次回は私の大好きなガンジーに会いに行き、ガンジーの声を聞きに行きます。

調亮

憧れのインド

 先日私は永年の憧れであったインドへ行ってきました。最初はムンバイへ行く予定でしたが、テロの危険性があるという事と距離が離れすぎるという事で、デリーの方へ行きました。
 デリーはオールドデリー(以下デリーと表記します)と言い、インドの首都であるニューデリーとは違います。ニューデリーは、デリーの南部に英領インドの首都としてイギリスの都市計画を基にして作られた計画都市です。
 成田を発って10時間ぐらいの飛行は快適で、天気にも恵まれ、途中ヒマラヤ山脈を見ることができました。雲の上に雪を頂いたノコギリ状の山並みを見た時は神々しさすら感じました。今もインドの人々をはじめ多数の人々が「神の山」と拝めているのもむべなるかなと感じました。思いがけないヒマラヤ山脈との出会いは、私にこの旅の幸運を予感させるものでした。
 いよいよインド大陸に近づいてきました。緑の大陸が近づいてきます。深い密林に覆われたインドシナ半島の真上を通ってデリー空港に到着です。今日のJALのパイロットの着陸は実にスムーズで上手でした。いよいよ憧れのインドです!
 空港は人、人、人で溢れかえっています。さすが12億2,000万人の人口を誇る国。人いきれでムンムンします。出迎えの人、見送りの人でごった返す空港はさすがに近代的です。新しい空港ビルも建設中という事でこれからもっともっと近代化が進んでいくようです。
 私のインドの第一印象は、空気が何となく埃っぽく、霞がかかったようにぼやっとした感じでした。デリーの今は冬、夜は5度、昼は16度ぐらい迄気温が上がるという事でしたが、我々が到着した夜はコートを着ていないと寒くていられないくらいでした。
さあホテルへ直行、バスの中で円からルピーに換金します。今の為替レートは1円につき0.63ルピー、1万円で6,300ルピーぐらいでした。経済大国と言ってもまだそのような状況で、いつか円の平価切下げも必要だろうなと、くだらない事を思いながらホテル迄車窓の景色を眺めていると、そのデリーの街の汚い事、汚い事!バスの中では、インドの人は掃除をするという事を知らないのでは?という声がしきりに上がっていました。
私たちの仲間はいつも旅先でホテルの周りを散策するのですが、その汚さは我々から散策の意欲を萎えさせてしまうほどのものでした。ホテルで食事を済ませ、旅の疲れもあり明朝早いというので早めに床にはいります。翌日からのデリー観光、そしてお釈迦様が説法を説いたというベナレスへの旅、ガンジス河、タージマハール、諸々の寺院、寝台列車の旅への想いをめぐらせ、お腹を壊さないよう飲み物食べ物に細心の注意を払って、このインド旅行を乗り切らねばと心に決めて就寝。
 明日は何が待っているのだろう…?!

調亮

吾れ唯足るを知る

今年で私は齢66歳を数えます。
すごい歳になってきたものだと思います。
今までは不動産業界の中でも若手であると常に思ってきたのですが、周りを見回しますと私が一番年長の仲間になっている事にハッと気づかされます。 そういえば、幼年の頃には66歳ぐらいの人を見るとなんと年寄りだなあと思ったものです。私自身は若い若いと思っているのですが、周囲の見る目は明らかに違ってきているのが最近とみに感じられます。
神は、富める者も貧しき者も、知識人も知無き者にも、あらゆる人々に平等に加齢し、死を与えています。死は私たちにとっては逃れられない業なのです。死は人生を要領よく送っている人にも、一生懸命送っている人にも、怠惰に送っている人にも、平等にやってくる業なのです。
そう考えると、私たちの一生というものは一体何なのだろうという事を真剣に考えたくなります。自分の一生をストーリーとして考えてみるのも又一興かと思います。

金儲けに一生をかけるのも良し、子供に一生をかけるのも良し、街づくりに一生をかけるのも良し、研究に一生をかけるのも良し、その他色々な物事に、人は意識する、しないにかかわらず、多かれ少なかれ、一生をかけているのです。そしてそのパワーの源は心のハングリー、ではないかと思います。

ハングリーこそがパワーの源で、人生の推進力なのではないかと思います。

今経済的、社会的にある程度成功されている方々を拝見していると、殆どの方々はハングリーの中から望みを抱き、それに向かって人の何倍も努力された結果、今の成功へと導かれたのだと思います。

でもそれがどうした、と穿った見方をすれば、成功した人も成功しない人も、人々が思うほど大した差はないのではないかと、最近つくづく思います。若い時はもっともっとと向上心を持ってやっていたのですが、今この年齢になると、ちょうど良いが一番良いのではないかと思えるのです。過ぎたるは及ばざるが如しという諺もありますが、何でも豊富にあれば良いというものではなく、ちょうどというか、少し足りないくらいの方が一番良いのではないかと、最近は年のせいかそう思います。

昔、と言ってもそう昔ではありませんが、ある政党の標語に「もっともっと」というものがありました。自分の分を忘れて常に「もっともっと」と求め続けていますと、心の飢餓に襲われて地獄の様相を帯びてきます。

日本は、地震には見舞われましたが、世界でも稀にみるとても恵まれた国だと思います。

しかし、今の日本人はどうなのでしょう。「もっともっと」という飢餓地獄に陥り、政府に対して、他に対して、求め続けているように感ずるのは私だけでしょうか?
私たちは今世界を見つめ、分を知り、足るを知って行動することが求められているのではないでしょうか!!

今は物が足りないのではなく、物はあり余っているのに、心が足るを知らないばかりに、心が貧しくなってきているのではないでしょうか?武士は喰わねど高楊枝と江戸時代の浪人は言っていましたが、今の日本人に求められるのは、まさに足るを知り、本当の心の充足こそが必要なのではとつくづく感ずる今日この頃です。

調亮

最近の円高について

 最近円高になっています。その原因は円が強くなったのではなく、アメリカのドルとヨーロッパのユーロが弱いから、相対的に円が高くなっているのだと、まことしやかに言われています。
 ドルとユーロが弱い原因は、アメリカの債務超過による財政危機と、ギリシャに端を発したスペイン、イタリアの財政危機がギリシャ、スペイン、イタリアの国々を破綻させるのではないかとの憶測によるといわれています。つまり、その反動で円が高くなっているというのです。
 でも冷静に考えてみると、日本の国債は八百兆円に近付く勢いで、国の予算の約10倍もの債務なのです。
アメリカとかギリシャとかスペインとかイタリアの国々の債権は海外の人というか企業というか、その関係者たちが買っているので危ないが、日本の場合は国内の人、企業等が買っているので大丈夫なのだという、変な理論が横行していて、日本はこんなに債務が膨らんでいても大丈夫という事で、円が買われ続け、今1ドル76円を割り込みそうな勢いなのです。
 でも本当に大丈夫なのでしょうか?
 今日本の政府はといえば、東日本大震災対策で増税へと議論が高まりつつあり、いずれそうなるのでしょう。でも増税以外で政府は対策らしいものをたてたのでしょうか?残念ながら、対策らしいものは何もないように思えます。
 例えば、無駄を省く行政改革一つにしても、全部とは言いませんが、ほとんどが骨抜きのようです。せめて自己規制で国会議員の数でも減らすのかと思えば、一切触りもしません。国会議員を筆頭に県議、市議が過剰では?と国民の8割ぐらいが思っているのではないかと思えるぐらい、身の回りで話しを聞くと皆そう言っています。しかしなぜかそうはなりません。
 昔作られた法律が陳腐化して、今の世の中の実情に合わなくなってきているのに、改正もできません。
 卑近な例では小松の都市計画法です。もう全然意味をなさないくらい無意味になっているにも関わらず、一所懸命、経費をかけてこれを守っている。一事が万事この調子では国がやっていける筈がありません。
 それなのに円高はどんどん進んでいき、そうすると輸出企業はやっていけなくなり、外国へ工場を移します。そうして国内は空洞化していきます。これに対して何の対策も講じられないとしたら、いつかどこかで、否、近い将来必ず破綻する事間違いないと思います。その責任は誰がとるのでしょうか?
 誰もとる必要のないこの不思議。議員なんて責任とって辞めればそれで済むという不思議。
 こんな無責任な国が円高なんて・・・?
 おこがましい。
 一年と持たない総理大臣、トップ皆んなが仕事を放り出す。
 円高はきっと投機の対象となっているに違いない!!
 ではそれに対する対処方法は?
 バカらしくて考えるだけでも・・・。
 腹が立つ!!

「こまつ親父新聞」発行にあたって

 このお盆の八月を目指して「こまつ親父新聞」2011年夏号を発行しました。年4回の発行を予定しています。
 小松の生の情報を親父二人が語るといったストーリーです。その親父というのが、私“りょうちゃん”と江口介一の“すけちゃん“なのです。親父といってももう65歳にもなって爺(ジジイ)の仲間入りをしているので、親爺かもしれませんが小松という土壌を思うと、ちょうど我々ぐらいが親父というのも、ギリギリ大丈夫なのかもしれないという事で、臆面もなく登場しているわけです。
 話の内容は「勝ちゃんの塩焼きソバをでっかと食べた」とか、「商店街が大変賑やかやった」とか、「小松には映画館が5つもあった」とかそんなたわいもない話なんですが、またそれが懐かしかったと購読の申し込みが多数きています。
また、「リクつな」登録という事で、地元小松に所有の不動産の管理・販売等を依頼されたり、お墓の管理を頼まれたりとさまざまな要望が渦巻いている感じです。
 他県へ出られて地元との接点がどうしても薄れがちの方々にとって、故郷小松のにおいを嗅いでいただけたら幸いです。小松弁で言うと『小松のかざをかげたら』私達は満足です。
 今は地球が狭くなって、どこへでも気持ちさえあれば行ける時代になりました。しかし、逆に自分のルーツ、根っこが見失われつつあるように思われます。そんな中で我が故郷小松を思い出していただき、小松が立脚点であるという事を再認識していただく一助になれればと思っています。さらに、それが小松の町づくり、活性化につながればもっと嬉しいです。
 たわいもないこまつの親父のたわごと、これから“りょうちゃん”“すけちゃん”の感性がどこまで伸びていくか、楽しみに待っていてください。

お問い合わせは清水不動産サービス内の
リクつな事務局=電話0761(22)5744迄

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