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国政選挙を終えて雑感

 選挙もようやく終わり、街にも静けさが戻ってきたというのは大げさに感じられる程静かな選挙でした。そして争点も政党の主張もあまり違いが無く、とにかくだらけた選挙であったというのが私の印象です。

 現実の政策路線からかけ離れた事を主張している政党が生き残っている現実を見ても日本は平和な良い国だなあと感じます。

 期間中、立候補者の名前を連呼するだけの選挙カー、外国人から見たら異様に見えるらしいのですが、未だに改善できません。候補者が改善の能力がないのか国民の程度が低いのか?とにかく私にはよく分かりません。あれで候補者の良し悪しを判定できるとしたら余程の天才か?はたまたいい加減なのか?としか言いようがないです。この状況を延々と何十年も続けてきている現状を見ると、もういい加減にせいー!と思っているのは私だけなのでしょうか?

 あんな事も改善できなくて、行政改革、憲法改正等の大問題を解決する能力があるのでしょうか。私達は選挙運動一つ見てもひどい人を選んでいるのではないかと心配です。

 国民の代表としてどんな人材が求められるのか?まず、地域の状況をよくつかみ、法律をよく知りながら世の中を改善するようにそれを改正し、世界の情勢を知り、世界の動きに対応できる日本とする為にどうすべきかを考えられる人。国民の意識を、他国に守ってもらうのではなく自国民で如何に守っていく気概を持つ国にする為にどうすべきか常に考えていく王道を極めていく人。そんな人を選びたいのですが、もうさっぱり分からない。そんな人が今の日本人にいるの?と思えるぐらい人材不足なのか、いや潜在能力を持った人が実はいっぱいいるのか?

 期待だけが大きく膨らんでいますが、国会に質疑答弁を聞いた途端こんな人を選んだのかとガッカリする、こんな繰り返しをいつまで続ければ良いのでしょうか。

やっぱり選挙制度の改正しかないのか?

でも今の選挙で当選した人たちで改正できるのかと考えるだけでも鬱陶しくなります。

 今日本国内は非常に景気が良いと個人的には思います。この景気を持続させていく為にはせめて政策的後押しが必要です。これこそが今政治がしなければならない喫緊の課題です。

 その上日本国外の事情は非常にきな臭くなってきています。そんな中で年寄りばかりの日本に軍隊を持つと言っても60才代の軍、70才代の軍、考えただけでも楽しい?若い年代の軍隊なんて作れるの?と考えただけでも楽しい?状況がいっぱい目白押しです。そんな中で自民党が圧勝して、今正常な方向に軌道修正するチャンスがきたのかもしれません?

基本的にあるべき姿に戻すチャンスなのかもしれません。いつまでも敗戦のショックを背負っているだけでなく、日本国民として誇りの持てる日本を築きましょう。

それにしても、何もしなくてただ議論しているだけ、他人の揚げ足を取るような国会運営でやっていける日本は、今幸せの絶頂なのかもしれません・・・?!

都市研究科・不動産遊民 調亮

民主政体について

 今、世界では民主主義による政体が最も優れたものという事で、ほとんどの国で行われています。また民主体制でない国でも理想とし目指しているのが現状です。                  

 民意による選挙は地方の首長選では1票でも相手を上回れば勝ち、国では上から順に得票の多い方が当選となり、投票率がどんなに低くても、極端な話50%を大きく割り込む投票率でもその選挙は有効となります。投票率30%台で民意を反映しているのかとなると疑問符をつけざるを得ません。

 この民主政体はBC5世紀にアテネで始まったと言われています。その時頃のアテネの人口は5~6万人といわれ直接投票でした。

 この頃の民主主義による政体は意見が色々と分かれ、その考え方の元、いくつかの派閥に分かれているのは、今の国会と同じ状態が生じているのです。既に2500年前に同じ状態が生じていたのです。

 という事は、議会制民主主義であろうと、直接民主主義であろうと意見の違い、考え方の違い、哲学の違いを議論によりすり合わせるという事は、今の国会を見ていると至難の業であると思わざるを得ません。もっともっと民意というものが円熟してこなければ本当の議論を深めることはできないと思います。

 これは民主主義発生の地ギリシャのアテネにおいてBC450年頃から同じ悩みがあったらしく、人間の性は古代より変わらないものだなとつくづく感じます。

 あまり人数が多くなって各人の意見が出だすと、自分の意見に固執し、収集がつかなくなり、大衆の意見に迎合してしまい、結果的に衆愚政治に堕してしまうという結果になっているようです。

 今、世界各国を見廻しても過半数以上の議席を確保している政権はほとんどなく、中国等の共産国家か独裁国家が一党独裁している以外はほとんど連立をしていかないと政治ができないという状況で、その状況は増々強まっているように思われます。

 それは何故か?それは人は個人個人、一人一人の意見が一つの事に対しても全く違うことが多いからです。まず育った環境によって違うし、その人の利害によっても違う、また、この利害の違いは曲者で、相手の意見には賛成だが、利害が相反するという事になると全く反対になってしまう。例えば、行政改革の1つで議員の削減を取り上げても、まずほとんどの議員が反対し、国民の90%以上の人が議員はあんなにたくさん必要ないと思っているにもかかわらず、削減できないという現実があるわけです。

 行政改革という改革には常に利害が絡んでくるわけです。この利害は意見の対立を生み、これに民主政体が絡み、複雑になっているわけです。

 先日、実に解り易い選挙というか、国民投票がある国で行われました。それはEU継続か、離脱かという国民投票でした。結局EU離脱派が勝利したわけですが、国民投票のわずか数%、離脱派が上回ったからといって半数に近い人々が継続を希望しているのに、その政策はドラスティックに変更されています。

この政策論争も、国民投票に頼るというやり方自体にも、私は民主主義の限界というか行き詰まりを感じますが、この問題はまたの機会に述べることにし、民主主義の本論に入っていくことにします。次号に続く。

都市研究家・不動産遊民

調 亮

少子高齢化 PART Ⅳ

 この8月に私も71歳になりました。まさか私がこんな歳になるなんて思いもしませんでした。私のまわりはほとんど定年退職して、年金生活者ばかりになってきました。前回にも言ってきているように、今ある資源(年寄)をうまく使える社会システムを作っていくべきだという主張は、これから重要度を増してくると信じています。

 その為には社会システムの構築もさりながら、老齢者本人の資質の改善、能力の開発、健康な体の維持etcが求められ、そしてその人の能力を冷静に見極める力量が社会に求められてきています。しかしこの力量を見極める能力というのは非常に難しく、一律に年齢が来れば定年、リタイアメントという形で、社会から葬り去ってしまっているのが現状です。この力量をはかるという能力で気になることがあります。

 私は高校大学を卒業して、もう50年近く経過しているにも関わらず、どこの高校を卒業してどこの大学を出たかという事がいまだに評価の対象になっているように思います。まして、東大なんか卒業していると世の人々は尊敬のまなざしで人を評価します。その上、上級官僚にでもなっていれば、一般人は皆評価して講演依頼をして喜んで拝聴しています。私もこの手の人の講話をよく拝聴していますが、あまりレベルの高いものはありません。特に政治家の話、元官僚の話等は実にレベルが低く聞くに堪えないものが多々あります。

 これは、社会が学歴とか職歴とかによってのみ人を評価する風潮が大勢を占めて、その人の力量を冷静に見極める能力が不足していることの証しではないかと思います。

 今は、社会システムがある程度出来上がってしまい、組織が硬直化し、人事が硬直化し、情実的になり、たいした能力が無くてもやっていける平和な時代なのです。でもこんな平和な時代はいつまでも続くはずがないのです。もうこの少子高齢化社会そのものが社会の大変革を起こすのです。そして今この変革に対する硬直した官僚機構で対応できるのかというのは、この官僚が作り上げた規制≪規制は日本の国をまさにダメにしていくと思われるのですが≫に対して何の対策もせずに、今さえ、自分さえ良ければいいという官僚天国に胡坐をかいたままでは世界から取り残されてしまうのではないか、と危惧しているのは私だけでしょうか?その元凶は東大卒のエリートによって運営されているのです。もう中央政府にはいつくばる卑屈な心を捨て去り、自分で考え、自分で判断する独立した考えを一人一人が持ってもよいのではないかと思うのですが。そしてやはり原点に戻り、元気な高齢者をうまく使い、子供を作って育てる環境づくりこそが喫緊の問題ではないかと思います。

 もっともっと本質・本物を見極めていく力量を我々は身につけましょう。

               調 亮

少子高齢化 PARTⅢ

 稲田防衛大臣が辞意を表明し、蓮舫民主党代表も辞意表明と何かとかしがましい状況です。その原因といえば単純というか幼稚というか、こんな原因でこんなことを国政の場でやっているのかと思うと情けなくなります。

まさに愚民政治の典型だなと改めて感じます。

 今、対外的には尖閣諸島、北朝鮮漁民の領海侵犯によるイカ漁の障害、ミサイル攻撃etc色々な難問題を抱えています。国内的には年金問題、経済問題が山積しているこの時期に、いやな事にほっかむりして人を中傷することしかできない政治家が何人いても解決策が出そうもありません。全て官僚任せにして全く言いなりになり、その内容すら理解できないような状況です。

 今閣僚は国の将来を見据えて法制化しているのでしょうか。今さえうまくやっていければよいと考えるのはいい方で、自分の保身にのみ走る傾向が強く感じられるのは私だけでしょうか?そしてやっていけなくなれば税金を上げれば良いという耽落的な手法しかアイデアが無いではお粗末そのものです。このまま増税にのみ頼っていると国民が逼塞してしまい、国民自身の元気が無くなります。

 今の若者は独立の気概が私たちの若い頃に比べて低いように思われます。親方日の丸的な考えで就職先の一番人気が公務員では国の先行きも見えてくるようです。ここはやはり若者が独立してやりたいことが出来る環境づくりこそが必要だと思います。その環境とは若者が独立したい気持ち、独立した時の報奨が独立しない人より恵まれている事を感じられることが必要です。

 その為には法制こそが今一番求められることではないでしょうか!その法制化の一番は税制だと思います。この税制が独立をしたい気にさせる、そんな改革が必要だと思います。又、若者が海外で事業をする為の支援体制が必要です。これも税制で解決できるかもしれません。そして若者が結婚して子供をつくる、育てる姿勢、特に女性(母親)が社会に貢献しながら子育てができる、その環境こそが今一番求められるのではないでしょうか?

 今や優秀な若者がいっぱいいます。それを何も考えない親方日の丸主義にどっぷりつからせて無能者にするのは、今の政治の責任だと思います。今の政治は少子高齢化社会の訪れに対し、老人ケアの施設を作るのが唯一の政策だと思っている節がありますが、それだけでは足りません。いかに元気な年寄りを作りその人達をいかにして社会貢献させていくか、という施策こそが今求められていると思います。

 その施策とは法制化であり、その施策の主なものは税制ではないかと思っています。もっともっと国民生活を熟知した細かな思いやりのある法制化こそが求められているのです。

 今国民の生活の規範たる民法が、時代の経過と共に古くなってきています。この少子高齢化社会に合わなくなってきている現状をどう考えているのでしょう。もっともっと勉強して国民生活になじんだ法制化を成し、世界に通用するすばらしい国づくりをしましょう。

不動産ゆうみん&都市研究家 調 亮

少子、高齢化社会 PARTⅡ

 今、日本は世界でも珍しい程の、未だかつて人類が経験した事の無い高齢化社会に突入しています。前回その為には高齢者を中心とした社会を作らねばならないのではと述べさせていただきました。今回は少し視点を変えて高齢化社会の中の民主政体というものについて考えてみたいと思います。

 今私は民主政治という政体に非常な危機感を持っています。それは以下のように愚民政治に陥るのではないかという疑念を持っているからです。日本の政体は国民の総意といわれる選挙によって代議員を選び、その代議員が首班を選び首相となり、議員制民主主義により国が運営されています。つまり民主主義の基本である選挙で議員を選び出しているのです。しかし今、この選挙が人気投票の様相を帯び、その選挙で選ばれる人はどんな考え方の人でどんな資質を持ちどんな性格の持ち主なのか、個人的なことは何一つ解らず、元官僚であったとか議員の秘書であったとかで選ばれています。それは建前として、国民の意志として国政を任せたとして選ばれています。でも今の国民はそんな重大な選択をしていると意識しているのでしょうか。一旦選ばれると国民の意志として一人歩きし、国民が思っている方向と少しずれているとしても勝手がまかり通っていってしまう、摩訶不思議が通っています。そしてその行政機関も派閥の論理で、能力のある人無い人を含めて執行機関が組織され政策が行われていきます。

執行能力に関係なく指名されているため、失言も失態も多く、議会は非難中傷の嵐で建設的な政策論議は国民の全然わからないところで行われているか、あるいは全然行われず官僚の意図のみで行われているのではないかと危惧されます。それも最近は日本国内だけの問題であればその影響も少なく済むのですが、諸外国との関係、交流・交渉等が入ってくると全く外国に歯が立たない感さえあります。

 今日本は平和な老人天国です。でもこのままでは老人天国ももうすぐ終わり、これから苦難の道が待ち構えているのというのに、このような無能力的な行政でよいのかということを考える時、この民主政体の限界のようなものを感じるのは私だけでしょうか。

 今60歳以上の人が一家に二人以上という家族で、年寄りばかりの選挙民が選ぶ人は、世のしがらみとかに大きく左右されず、本当に政治に向いている人を、指導者として王道を極めた人を選べるのかというと本当に疑問です。

 今の日本に老人の王道楽土を築き、世界の高齢化社会の範となる為に、我々は世の中の動きを見、10年先20年先の世を読み、先手を打っていける、そんな政治家を選べるシステムを作っていかなければならないと思います。そうしなければ世の中で政治家が最も劣っているといっても過言でない時代がやってくるかもかもしれません。

 一億総痴呆時代がやって来るこの時代に、なんとか住み良い社会づくり、システム造りのできる政治家に登場して頂きたいものです。そんな政治家を選べる老人になりたいものです。

不動産ゆうみん&都市研究家 調 亮

今 日本は……

 今、日本は凄まじい勢いで少子高齢化社会に突入し、社会的変化が至る所に出てきています。具体的な影響はこれから出てくるのだろうと思いますが、影響が出始めてから対策を考えるようでは遅きに失する気がします。

 そんな中で、社会は老人対策をしているのでしょうか?今私が言いたい老人対策とは、デイサービス等老人を収容する施設を作ることではなく、老人が住みやすい世の中づくりの事なのです。老いれば目が薄くなり小さい字が見えづらくなってくるのに、いろいろな文書や書類の字は小さいままです。近所の商店は後継者不足で廃業が増え、新しくできる商業施設は車社会に対応して大きくなる一方です。

 最近沖町にオープンした北陸最大級のショッピングモールは、我々年寄りには広すぎて迷子になりそうです。もっとも、屋根付き散歩道としては丁度良い具合なのですが・・。

 店内の商品は品揃えといい、色といい、形といい、我々の年代を対象にしたものはなかなか見当たらず、喫茶コーナー、レストラン等その一つ一つが私には馴染めないものに感じられました。

 これでいいのでしょうか?いけないと思います。今の時代は戦後のベビーブーム世代が老人の仲間入りをして人口の3分の2が年寄りといわれる少子高齢化社会なのです。この老人時代にどうして社会を老人向きにシフトしないのか不思議でなりません。

 老人中心の商品構成、老人中心の健全な施設、スポーツ施設、ゴルフ場・・・等

 今のような世の中では我々老人世代がどんどん社会性を失うようなシステムになってしまい、早く引退して早くお亡くなりになった方が良いですよと言わんばかりです。

 年寄り向けの背広ショップ、衣料ショップ、レストラン、喫茶店etcをどうして作らないのか・・?少なくなった若者をターゲットにしていたのでは、お客が減少するのも当然ではないかと思います。今まで人口が増加し、経済が右肩上がりの時は社会の構造が若者中心で良かったと思うのです。社会が変化し、元気な年寄りが大多数を占めるこの時代では、当然老人中心に社会構造をシフトし直しする事が必要なのではないかと思われます。

 これからは元気な年寄りが働き、消費し、活動できる社会を作る事が必要ではないかと思います。元気な年寄りがショッピングできる、食事ができる、飲みに行ける、etc.そんな場所づくりこそが必要とされているのではないでしょうか?

 結婚しなさい、子供を作りなさいという活動も必要ですが、少しでも元気な年寄りをつくる事が活動の中心になるべきだと私は思います。その元気な年寄りに社会を支えてもらう為に老人割引、老人無料のサービスをやめて若者(18才未満)無料のサービスをすべきです。例えば、兼六園の入場料は年寄りからはきっちり貰う、若者は無料にすべきです。食事も量の少ない美味しい料理を提供する。食べ放題なんか愚の骨頂です。あくまで年寄り中心の社会にシフト替えこそが今必要ではないでしょうか!

調 亮

平等Or不平等

 昔イソップ物語で、アリとキリギリスの物語がありました。アリは一生懸命に働き富を蓄積し、老後は安泰であり、キリギリスは働かないで浪費生活を送り、落ちぶれ果ててしょぼくれた老後を送ったというような話であったと思います。

 この物語は子供の頃の私にある種のインパクトを与えました。みんな真面目になって一生懸命働かなくちゃいけないと思ったものでした。それが今の日本経済を支えたのではないかと思います。そしてその我々が老年期に入ってきた訳です。

 今私達はアリのように一生懸命働いてきて、安定した老後か?富の蓄積があったのか?と問われると、日本国全体としては壱千弐百兆円を超える郵便貯金に代表されるように、豊かになってきたのではないかと思います。しかし同時に、国が国民から壱千兆円を超える借金をしているという状況は、豊かといえるかどうかは疑問だと思います。が、ともあれ世界的に見れば裕福な国になったのではないかと思います。

 しかしその子供、孫達の世代はニートとか言われ、仕事をしないで親、祖父母のスネをかじって、まるでキリギリスの生活をしている方々が多くなってきているように感じられます。

 これではまるで、アリがキリギリスを養う為に働き続けるという図式が出来上がり、まるでアリの人生は一体何だったのかと疑問に考えさせられるのは私だけでしょうか?

 今私達日本人は非常に裕福な生活を送りながら、もっともっと、これでもかこれでもかと求め続けて、本当の幸福というものからどんどん遠ざかっているように思えてなりません。

 今や昔と違って、食べられない人というのは皆無のようです(?)でも幸福感を持っている人、私は幸福だなと感じている人は全体の何割ぐらいなのでしょうか?あんまりいないように感じられるのは私だけでしょうか?

 今やそのキリギリスはアリにたかって、する事もなく、人生の目的も見失ってしまったようです。うつ病、神経症による自殺者が交通事故の死者数を上回ると言われています。  生きるだけが精一杯、今日食べる米が無いという時代には、うつ病なんかは殆ど無かったと思います。今や大変な数の人がうつ病になっていると聞いています。これはどうしたことでしょう?

 生活が豊かになって、物があふれ、所得も増え、労働条件も良くなり、働き場所もいっぱいなこの時に、この幸福の実感はどうなのでしょう。

 私達は平等と不平等、この差というものをどう考えれば良いのでしょう。アリとキリギリスは、実はどちらが良いのでしょう。よく考えてみなければなりませんね

不動産ゆうみん&都市研究科  調 亮

「トランプ大統領について」№3

 最近トランプの勢いが静かになっているように感ずるのは私だけでしょうか?皆様お感じの事と思います。

今は選挙の時のように華々しく花火を上げる訳にもいかず、公約は守らなければならず、現実に公約通りに進める事も出来ず、現実と理想(トランプの)とのギャップを埋めていこうとしているのが今の状況ではないかと思われます。

それは、トランプ自身はとても現実家、実務家だと思うからです。私の目からみると、彼はど素人の政治家ですが、人間心理を突いた見事な動きをする人間だと思います。言葉だけで日本を震え上がらせ、中国をけん制して、北朝鮮に脅威を与えています。でもこの言葉も現実に実行していかないと、ただの脅しになってしまって後々は全然効果が無くなるでしょう。やはり政策の本格的参加が望まれるのではないかと思われます。

 日本においてはタブーとされる、女性差別、人種差別、税金問題、難民問題の対応の仕方、アメリカ第一主義等いろいろのタブーを乗り越えた大統領に今求められるのは何でしょうか?それは経済の活性化は必然ですが、どんな状況下でもゆるぎない哲学です。

 今や地球号は汚染され、循環できないような状況に追い込まれています。このような中、アメリカ第一主義の経済発展のみを追求するようなアメリカ大統領であるならば、人類の破滅もそう遠い話ではないのではないかと思われます。今や地球の炭酸ガス濃度が上がり、地球温暖化に拍車がかかり、各地で大雨が降ったり大雪が降ったりと、異常気象が続いています。これ以上に経済を追求すればするほど環境破壊は続きます。

 これを無視した政策というのは、今ここで方向転換をしなければならないこの時期に、その哲学を持ち合わせない大統領だったとしたら、トランプは最悪の大統領、人類を滅ぼした大統領として歴史(人類の歴史はもうないか?)に残り、次世代の地球の支配者にあざ笑われるのかもしれません。

 世界を支配するアメリカが、モンロー主義で閉じ籠れるほど世の中は狭くはないのです。

 地球規模で考えていけるような大統領こそが今の世界に求められているのかもしれません。難民問題を封鎖するのではなく・・・

戦争を如何に終結させるかを常に模索する、そんな大統領であってくれたらなぁー!!

これは私の夢かもしれません

都市研究家 調 亮

トランプ米大統領について №2

 前回に続いてトランプ大統領について述べてみたいと思います。

 前回、我々日本人が一番トランプ氏の餌食になりやすいという話をしました。それは何故か?自分の信念を持たず相手にすり寄っていく国民性、交渉をするという事に慣れていない国民性にあると思います。日本国として独立した考え方を持っていない、自分の国を自分で守っていない、他の国にお金を払って守ってもらってもらえると錯覚している事にあると思います。アメリカ軍の若者が命をかけて我々日本人を守ってくれるのか?と冷静になって考えてみれば解る事なのに、多くの日本人が甘く考えている事、それ故に自国を守るという気概を持っている日本人が殆どいない事、又軍事力というのは外交の一手段であると認識している日本人が非常に少ない事が日本人の幼稚さを世界に示しています。

 このような条件の中でトランプ氏と交渉していくというのは至難の業だと思います。

「孫子の兵法」に“敵を知り己を知って戦わば百戦危うからず”という教えがあります。我々はトランプ氏というのはどんな人間なのかを知るべきだと思います。

 まず、日本のマスコミの論調とアメリカ国内の論調は随分と違うのではないかと思うのです。それは日本のマスコミの論調は、あまりにもきれいごと過ぎて、どちらかと言えば一方的、左寄りになっている風潮が見受けられる事、その上一億みな同じ意見に傾いているように思われます。

トランプ氏はそんなに単純ではないでしょう。表面で言っている事と、内に秘めている事が全く違うのではないかとさえ思われます。だから、強面で言われるとすぐにすくみ上ってしまう日本人は最も御しやすい相手なのではないかと思うのです。

 慌てて馳せ参じた安倍首相も、トランプ氏の手のひらにのせられて頭を撫でてもらってきただけかもしれません。何の後ろ盾も持たない安倍さんにすれば、それが精一杯なのかもしれませんが…。で、トランプ氏は酒も飲まず電話魔で(ツィッター魔なのかもしれません)、仕事人間です。そのトランプ氏がアメリカの利益を優先するという基本方針のもとに進まれた時、私達無防備日本人としては、日本の国益を優先する程の気概を持って交渉できるのは、今の日本において安倍さん以外に人材を考えられるのでしょうか?誰も考えられない、それ程日本は人材不足なのでしょうか? 今現在、トランプ氏の論調、就任当初の強面論調に変化が見られ、現実路線に収めようとの変化のように見受けられます。

 トランプ氏は私と同年代の70歳です。日本では定年後の悠々自適の年代、年金暮らしの年代なのです。私の年代の頭はもう古い、固いと言われる一世代前の感覚なのです。権力に対する考え方、国際情勢、地球環境その他一つを取り上げても、時代錯誤の様相を帯びているのは私だけの危惧なのでしょうか?

 これからは、アメリカの利益だけでなく、地球的な規模で考え行動していかなければならない新時代に突入している認識を持っていただかないと大変な事になるのでは…心配です。次回に続く

都市研究家 調 亮

余談ながら 「トランプ米大統領について」

ここでしばらく都市問題から離れて、アメリカ大統領に就任したトランプ氏とその影響について、私なりの意見を述べてみたいと思います。

 まず私とトランプ氏とのかかわりは、丁度今から33年前にニューヨークのトランプタワーを偶然見学したことです。実際にトランプ氏に会ったわけではないのですが、トランプタワーに行ったときの驚きは今でもよく覚えています。当時ニューヨーク、マンハッタンのど真ん中に建つ68階建てのタワーの内部は6階までが素晴らしく豪華な百貨店。6階までが吹き抜けになっており、その正面に1階まで滝のように水が流れ落ちています。壁面は淡い肌色のイタリア大理石張りでとても豪華なものでした。ショッピングする人々は、エレベーターでまず6階まで昇り、ウインドウショッピングをしながら歩いていると、いつの間にか1階まで来てしまうという動線までもが見事に設計されたもので、そのビルの外観の美しさから内部の緻密な計画迄、どれ一つをとっても素晴らしいものでした。私は不動産王国のアメリカで、このような素晴らしいビルを作ったのはどんな人だろうと思ったものでした。それがトランプ氏であったのです。

 そのトランプ氏が日本人の大方の予想を裏切って第45代アメリカ大統領に就任しました。

その選挙の内容は皆様知っての通り、人種差別、白人第一主義、女性蔑視、女性問題、難民排斥その他、日本ではその一つでも犯せば政治生命が無くなるような、あらゆるタブーを乗り越えて当選したのです。この事は何を意味しているのでしょう。アメリカ国民の半分がトランプの考えに賛同しているという事なのです。

 今日本のマスコミ、経済界、一般国民の風潮は、得体の知れない強面で何をしでかすか分からないというこの大統領に対して、どちらかというと否定的な見方が大勢を占めているように思われます。まず、政治的にはど素人であり、何も知らず何をしてくるか解らないという不安に駆られています。それにアメリカ第一主義を掲げ、TPPの離脱、関税に米国外の拠点を持つ企業に対する脅し、対中・台対応、あらゆる事が前例を無視して行われようとしています。

彼はお酒を飲まず殆ど仕事が趣味という仕事無趣味人間で毎日電話をかけまくる電話人間だという事です。

 この事と私のトランプタワーのイメージからトランプ大統領を分析すると、私は日本のマスコミや評論家が報道しているトランプ像とは随分とかけ離れていると思います。

 まず、不動産業的考え方をして物を作り上げていきます。それはあらゆる建築の法律をクリアーし、隣人との調整をし、資金を用意し、そして何よりも利益を生み出す仕組み作りにすべての能力を注いで、粘り強く事業を成し遂げていきます。彼は緻密さ、斬新さ、人の能力を生かす人を見る目、無駄を省く鋭い感性、そしてそれらを成し遂げていく実行力を備えた人間であると思います。無駄な法律を撤廃し、有効な法律を制定しどんどんアメリカ優位の体制を築き上げていきます。

 これに対して我が日本はどうでしょうか?まだ法律にもなっていないのに、一言言われたら震え上がってその人の言いなりになる、という図式は、アメリカから見ると一番脅しやすい、おどかしがいのある国、それが日本なのではないかと思います。

 トップに立つ王道教育を受けず、つめこみ知識のみの人づくりで育てられた政治家、儲かりさえすれば良い、アイデンティティーのかけらもない経済人、そして自分の国をお金で守っているという錯覚をしている日本人全てが、これからトランプのアメリカ第一政策にどう対抗できるのでしょうか?たぶん今の日本はアメリカトランプにとって、最も組みしやすい国ではないかと思います。

 では我々はどう対処したら良いのでしょう?それは次号のお楽しみに!

調 亮

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