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サンサンコーナー

オミクロン株の感染拡大と対策について

新型コロナウイルスがオミクロン株に変化して、驚異的な速さで感染が拡大しています。

潜伏期間が3日程度と短いため、あっという間に感染が拡がっていくのだと思われます。

症状もウイルスが肺まで達しないで、喉のあたりの細胞にくっつきやすいらしく、重症化する人は少ないようですが、口からウイルスが出ていきやすいそうです。それもあってか、子どもの感染もみるみるうちに増えてきて、学級閉鎖になる学校も出てきているようです。

新型コロナウイルスとよく比較されるインフルエンザは、毎年流行しそうな型を想定し、予防接種しますが、型が外れると予防接種していてもインフルエンザにかかってしまうことが多々ありました。長い歴史のインフルエンザですら、未だこの有り様です。

インフルエンザにはタミフルやリレンザなどの治療薬がありますが、新型コロナウイルス、オミクロン株の治療薬はどうなっているのでしょう?今現在数種類が、治療薬として国内で承認されていますが、オミクロン株に効き目はあるのでしょうか??

刻々と変化するウイルスについていける、他国に頼らない日本独自の薬の開発に積極的に取り組んでほしいものです。

話は戻りますが、オミクロン株は感染力は強いが、重症化するリスクが低いのであれば、政策をドラスティック(劇的・抜本的)に変換させて、国民みんなへの縛り、ワクチン証明が無いと入場できないなどの縛りをかけるのではなく、インフルエンザと同様の扱いにしたらいいのではないかと思います。行動を制限し縛ることは国民の不安に繋がるのではないでしょうか。専門家の意見というのも、どこか御用達の専門家がその筋に合わせて発表している感が拭えません。

ここまで感染拡大してしまったのだから、どこかの国のように、重症者への治療をまず優先すべきであって、感染者や濃厚接触者を管理しようなんて不可能に近いと思うのです。人の交流を抑えれば感染者は減るかもしれませんが、今の時代そんなことができるはずないのです。要するに政府の政策として感染速度を遅らせようとしているに過ぎません。

これによって国の土台も揺らぎかねません。

今政治家が湯水のように使っている国庫の入りを止めることになるのはわかっているのでしょうか。

今週の木曜日から、18道府県追加され、13県を除く都道府県でまん延防止法重点措置が適用されます。

楽しく食事をしたり、旅行へ行ったりできる通常の生活に早く戻ってほしいものです。

       2022年1月25日記述

不動産遊民

都市研究家 調(しらべ) 亮(わたる)

あけましておめでとうございます!!

今年は寅年です。

トラは一日に千里を走ると言われています。その持久力は素晴らしいものです。そして美しい毛皮を遺すとも言われています。

今の世の中は、予測不能、筋書きのないドラマのようです。そのような時代を乗り切るにはトラの勇気・持続力を持って、時には勇猛果敢に、また根気よく粘りを持ってやり遂げることが求められていると思います。そして我々の子孫にも美しい未来(毛皮)を残せればよいと思います。

コロナウイルスの変異株や増えつつある変質者なども気になりますが、常に我々にのしかかってくるのが環境汚染や人口問題です。 これらに対し人類は賢い選択ができるのでしょうか?

心を強く持ち、日々の鍛錬を怠らず、常に自分で判断できる力量を身につけましょう。

今年一年も希望を持って良い寅年にしましょう。

不動産遊民

都市研究家 調(しらべ) 亮(わたる)

自分の国は自分で守る!

人は自分が人より優れていると思うと、すぐ区別をしたがります。それが高じると差別につながります。それがわずかでも、いやどんなに些細なことであっても差別をして優越感に浸りたくなるのです。

人間の個人の能力、努力の差は僅かですが、その僅かな差が年月の積み重ねによって拡がり、時が経てば経つほど確実な差となり、その個人が終焉を迎えることにより、差の拡大は止まります。

それが富の蓄積となると、社会的地位や家柄の差となって表れ、何千年という時の経過によって、大変な資産の差となるのです。

私が最近危惧していることの一つに、「子供たちの元気のなさ」があります。

これは少子化によるものなのか、経済的に恵まれすぎて豊かになったことにより、ガツガツ競争しなくてもよくなったからなのか。私の子供の頃に比べると、子供特有のあり余るパワーのようなものが感じられないのです。今の日本の過度とも思える平等思想から来るものなのかもしれませんが、この状態が長く続いていくと民族が衰退してしまうのではないかと心配でなりません。

「ユダヤ滅亡史」を読んでいると、滅亡の方へ転がり落ちていくのはどうしてか?とつくづく不思議に思います。経済だけでなく、行政も思考もすべて衰えて、滅亡へ向かうのを誰も止められなくなってしまうのでしょうか。

民族の結束、パワーの源はその民族の宗教や理念、哲学にあると思います。現在の日本の風潮をみていると、確固たるブレない哲学があるようには思えません。この風潮を元に戻すには教育が必要だと思います。

我々日本人は「祖国は日本である」という思いを常に持っているのでしょうか?日本を自分達で守らなければならないという気概は本当に感じられません。同盟国アメリカに負担金を支払うことによって守られていると錯覚しているのかもしれません。アメリカの若者が命を懸けて日本を守ってくれる、そう信じている日本人の甘さはどうなんでしょうか。

昔ヨーロッパでは色々な国の権力者たちが、傭兵制度を採用して軍隊を持ちました。しかし金で雇われた兵など、命が危うくなるとすぐに逃げてしまう、ということが浮き彫りになりました。フランス革命後に主権が国民に渡り、国民国家という概念を持つようになってようやく「自分達の国は自分で守るんだ」という強い気持ちが生まれ、士気が高まり、軍隊は強くなっていったのです。

北朝鮮がミサイルを開発したぐらいでビクついている日本はこれでいいのでしょうか?

外国に守られている国が長持ちなんてできないことを、歴史が証明しているのに。

不動産遊民

都市研究家 調(しらべ) 亮(わたる)

格差について

昔は・・・昔といっても私の幼い頃まであった話ですが、田畑や山林を多数有する金持ち・金満家のことを【高持ち】と言っていました。人々は皆米の収穫の為に働き、山へ芝刈りに行き、雑木を燃料として使い、大きい木は建築材料として使っていたので、現在より相当価値が高かったと思われます。

しかし今は時代も変化し、米作りをする人が少なくなるにつれて、田畑の価値はどんどん下がり、洋材を輸入した方が安上がりの為、国内の材木の消費も下落していき、当時の高持ちは勢いを無くしてしまったのです。高持ち資産の質が変化してきているのです。

私は人の教育の差が、将来に向けて大きく影響を及ぼしていくと思います。その人の一生のうちに家を繫栄させるか没落させるか、資産を運用してその差を拡大させるかは人の能力が関わってくるからです。優秀な人間が何代も続くとその家はどんどん繫栄していきます。そして益々優秀な人が教育によって作られていくのです。富は富を生み、その富の余力は教育や社交などの分野に広がり、更に差が拡がっていくのです。

私は今ユダヤの歴史を研究しているのですが、ユダヤ教というのは実に不思議な宗教です。ユダヤ教徒が一番大切にしている神の教えを、子孫に代々教育していくことが習慣化しているように思われます。宗教以外の世俗のことについても深く考えるということを教育されているからか、アインシュタインを筆頭にスターバックスやグーグル、フェイスブックの創業者など優秀な人を多数輩出しています。世界最大の金融家系として知られるロスチャイルド家も元々はユダヤ系の小さな商人でしたが、家訓を決め、守り、兄弟同士の情報を共有したことにより、巨万の富を築いたのです。富の形成と教育は固く結びついているということを本能的に知っていたのではないでしょうか。

資本主義、民主主義国家においても平等というのは非常に難しいです。何が平等なのか?例えば、努力した人と努力しない人の収入が同じことが平等なのか?差をつけることが平等なのか?これを判断するのはとても難しいことです。社会主義・共産主義の観点からいうと資本を投資し、利益を得ることは【搾取】になるそうです。では努力した人としない人とで差が生まれない社会を作るとどうでしょう?大体活気のない社会になります。

何故なら努力してもしなくても一緒なら、怠惰な動物である人間は、楽な方に流れてしまい、誰も努力をしない社会になるからです。人よりも少しでも良い生活がしたいという意欲があればこそ、向上心にも火が付くのです。やってもやらなくても同じという不等な平等があったとしたら、誰が一生懸命仕事や努力をするでしょう?

とはいえ、日本の点数主義のような教育、良い点を取って良い大学へ行き、良い会社に入るのが良しとする教育はどうなのでしょう?60歳代で定年し、その後は何もすることがない人生は寂しくないのでしょうか?

年金をもらって食べていければいいという人生はそれでいいのでしょうか?

人生百年時代をどう生きるか、どう楽しむかは自分の哲学、考え方次第だと思えれば、定年後からが楽しくなるかもしれません。そうすると5歳は若返るのではないでしょうか。

世界的にみても群を抜いている【少子高齢化】の日本。それをマイナスに捉えず、世界の規範となれたなら、日本人社会も捨てたものじゃないかもしれません。
不動産遊民

都市研究家 調(しらべ) 亮(わたる)

 

パンデミック対策はこれでいいのかⅢ

先月号に引き続きとなりますが、私は最近新聞やテレビをほとんど読んだり観たりしていません。観たとしてもお気楽なストーリーの洋画くらいです。何故かというと、日本におけるニュース報道は、何かが意図されているような偏りが気になるからです。

雑誌によく取り上げられる三面記事は井戸端会議的なものが多く、政治に関してはおもねりばかりで政治家もマスコミも本当の事を一切言っていないと思うのです。

年金はどうなるのか?国債はどうなるのか?税制はどうなるのか?私たちにとって大変重要であり、気になる課題はいくらもあるのに、なかなか真相を明らかにしてはくれません。

本当の事を言って矢面に立つことが嫌で、表面上の緩いことばかりが流されているようです。その結果、物事や出来事への対策が

的外れになって、実行しても効果となって表れないのです。

新型コロナウイルス対策も然りです。もう新型と言われるにはあまりに時間が経ち過ぎていますが・・。現在進められている、民間の弱者に我慢を強いる政府の施策では、ウイルス感染によって死ぬ確率は減っても、経済的に干上がってしまうことになります。

天然痘、コレラ、赤痢など昔疫痢が流行した時は、その疫痢患者を強制隔離し、その場所を消毒しまくって感染を止めました。

昔と違いあらゆるデータを把握しているであろう今の政府が、今回そういった囲い込みをしないということは、実は我々が思っているほど危険ではないのでは?という疑問が生まれてきます。インフルエンザと同等の対策(手洗い、うがい、ワクチン等)で乗り切れるようになっていくのでしょうか?

ワクチン接種が定着し、2回接種、3回接種と重ねていけばこれまでのように恐れなくてもよくなるのでしょうか?

かなり前に読んだ科学雑誌に「恐竜を滅ぼしたのは隕石の衝突であったと言われているが、人類を滅ぼすのはウイルスだろう」と書かれていたのが印象に残っています。

今人類の医療とウイルスの、終わりの見えないすさまじい戦いが続いています。正確な情報を伝え、精確なデータを把握し、的確な対策をしていかないと、人類が滅びるのもそう遠い先のことではなくなるかもしれません。

中途半端が一番いけません。

経済発展か?コロナ対策か?最近国の税収がすごく多くなっているそうです。コロナによって経費が抑えられたからだそうです。不思議といえば不思議な現象です。ひとつひとつが私達の想定外になり、先の読めない時代になってきています。私達は腰を据えて対策していかねばならないのです。

サスティナブルな社会を目指して・・・。

不動産遊民

都市研究家 調(しらべ) 亮(わたる)

パンデミック対策はこれでいいのかⅡ

報道といえば、太平洋戦争時のマスコミ報道は、日本が敗け続けているにもかかわらず、あたかも勝ち続けているかのような景気のいい報道がなされて、国民には正確な情報が全く伝わっていませんでした。その為に正確で適切な判断ができなくなり、天皇陛下の決断によりようやく終戦を迎えました。今でも大本営発表の嘘は語り草となっています。

事実に基づかない情報はその後の対策、判断を誤らせます。まさに現在のパンデミックの報道はゆがめられていると私は思います。

国民の不安をあおるだけで、それ以外何の効果も上げていない新規感染者の毎日の報道もそうです。逆に慢性化し過ぎて気にも留めなくなった人も多いと聞きます。毎日発信される情報のすべてが正確であるかについても甚だ疑問を感じます。

私は報道するとしたら、感染源をしっかり把握し発信すべきだと思います。感染源を把握していないが為にその対策は実に中途半端であるからです。マスクにしても、ナノのウイルスはマスクを素通りするらしいので安心できないと私は思っています。手のアルコール消毒はどうでしょう?ウイルスはエアロゾル感染している可能性もあるのに、触れる手だけを消毒するのでいいのでしょうか。不要不急の外出の規制や、レストランでの食事、アルコールの禁止が続いていますが、本当に今でもレストランでの感染が続出しているのでしょうか?小学生など若年層も感染者が増えているようですが、小学生が居酒屋でお酒を飲むなんてありえません。本当に居酒屋が感染源なのでしょうか?感染源が報道されない為に全然解りません。

一般のレストランや飲食店に対して規制をしているだけの対策は、ただ弱い者いじめをしているようにしか思えません。規制をかけやすい者達に対して規制をしているだけで、現状はほとんど効果を上げていない気がします。ですが、この影響は甚大です。経営が成りたたない飲食店、酒屋が続出するのではないかと心配されます。やはり感染源を徹底的に調査しそれに対して対策をすべきなのです。

そして予防接種のワクチンです。このワクチンについて効果をキチッと説明できる人は専門家と言われる人にすらいません。「感染しても重症化しないだけ」、いや「うつらないのです。」という意見があると思えば「2回接種すればうつらないのです。」いや「2回ではダメで、イスラエル、アメリカ、イギリスでは3回うたないと効果がないと言われています」いやいや「ウイルスの型が変化しているので感染はとまりません・・・。」

落語じゃあるまいし、笑い話としか言いようがありません。

このまま感染拡大が止まらず、病院が満床となり、自宅療養者も増え続けていく・・となればもうどうしたらいいんでしょう?どこに政治があるのでしょう?「解決策が見つからないから全員が感染して、抗体を作らない限り終息なんてあり得ないんだ!」と開き直ったらどうなるんでしょう?本当にこの先どんな世の中になっていくのでしょう?

不動産遊民

都市研究家 調(しらべ) 亮(わたる)

パンデミック対策はこれでいいのか

私は最近新聞やテレビを観ていません。何故かというとそれらの報道は真実が語られていないと感じるからです。

今の政府発表、マスコミ発表は自分に都合の悪いことを発表していないどころか、反対に覆い隠しているように思えるのです。

今私は「古事記」・「日本書紀」を読んでいます。私は時の施政者、天武天皇の命で編纂された「古事記」・「日本書紀」が真実を語っているのか?自分に都合の悪いことも書いているのか?家臣に書かせるのか?と昔から疑問に思っていました。絶対書かない、書かせないと思うのです。その為に歴史が湾曲してしまっているのではないかと思うのです。

書記を読むにつれ、天武によって書かれた天智の死、天皇への後継が記述通りなのかという疑問が湧いてきます。もしや天智は天武に暗殺されたのではないかという疑問です。そして日継の御子である天智の息子・大友の皇子がすぐに立太子とならず、天武と壬申の乱で争っていることも不可解です。もし天智の死後、大友の皇子がすぐに天皇に即位していれば、争いを起こした天武には反逆罪が成立してしまいます。なのになぜか大友の皇子は天皇になっていないのです。これは天武にとって大変都合の良い流れになっています。その結果天武が勝って天皇中心の律令国家になっていくのですから。

天皇に対する反逆罪は非常に重いものです。臣下である天武がもし反逆したとしたら、後世に残る印象は最悪なものになるということで、そのことを正確に書けないという深い事情があったのではないかと推測されるのです。

そうしますと私の中では納得のいく歴史となってくるのです。日本書紀の古の時代から真実を民に伝えること(報道)がされていないのではないかと思われるのです。

ではそれを踏まえて現在のパンデミック報道はどうでしょうか?

今人は消毒、消毒と清潔な無菌状態を目指しているかのようですが、逆に人は無菌状態で生きられるのでしょうか?私たちは菌によって生かされていると思われるのに、この世から菌を無くすような勢いの昨今の報道です。

その上相も変わらず感染者数の発表が続いています。そして相も変わらず外食の禁止、他都府県への移動自粛、緊急事態宣言等人々の行動への規制が続いています。政策的には本当の対策を全く打てずにいます。

そしてワクチンです。ワクチンは予防薬であると私は思っていたのですが、予防薬でパンデミックを抑えられるのでしょうか?治療薬、治療方法こそが確立されねばならないのに・・・。

ワクチンは効くのか。ワクチン接種が進めば状況は収まるのか。後々の身体への影響はないのか。

イギリスでかなりの人がワクチンを接種して「もう大丈夫だ」とジョンソン首相は自信ありげでしたが、最近の雲行きはだいぶ怪しくなっています。それはウイルスの型が違うからということですが、これはインフルエンザの時と同じ理由です。

インフルエンザの予防接種で私が感じているのは、予防接種をしても感染する人が多いということです。私は何十年も予防接種をしていませんが、その間一度もインフルエンザにかかったことはありません。神様が守って下さっているのでしょうか…。それはさておきこの、ワクチンと感染に関する報道はあまり聞いたことがありません。

とにかくマスコミは真実を報道するという本当の姿に戻るべきではないかと思うのです。自分に都合の悪いことでも報道する報道の原則というものがあるはずですが・・・。それは無理なのかなぁ?

この続きは次回に回します。

不動産遊民

都市研究家 調(しらべ) 亮(わたる)

タバコのポイ捨てやめて!

「やれ禁煙だ!やれ嫌煙だ!」と言われ始めたのは10数年前だったでしょうか。今では公共の場での喫煙はほとんどできなくなり、公共の車、飛行機内では全て禁煙となるなど、愛煙家にとっては住みにくい時代となっています。が、ここでさらに追い打ちをかけたいと思います。

家庭内でも喫煙できず蛍族と呼ばれる、家の外で蛍のごとくボーッと火をつけてタバコを吸っている人が多々見られます。喫煙家にとっては貴重な場所・時間なのでしょうが、そうまでして喫煙したいのか?と思います。

そもそもタバコは肺癌になりやすい、血液がドロドロになって血管が詰まりやすい等の弊害が言われています。

特に受動喫煙によってがんや虚血性心疾患、脳卒中などのリスクが高くなることがわかっています。そんな悪いものをなぜ国(JT)で売っているのでしょう?なぜ止められないのでしょう?
答えは簡単です。税収がなくなるからです。だから愛煙家の皆さんは常に言います。『国に貢献しているからいいんだ』と。

自分の体を壊すことが、どうして国に貢献していることになるのでしょうか。

これから我が国日本は未曾有の長寿化社会を迎えようとしています。こんな時代だからこそ健康な年寄、健常な年寄を目指さねばなりません。若い時は喫煙してもすぐに影響が出ないのですが、丁度還暦を過ぎて、ガタッと体力が落ちる時に影響が出てくるように思われます。

もう故人となった私の友人ですが、「肺癌で死んだら本望だ!」と豪語してタバコをスパスパ吸っていましたが、いざ肺癌になると途端に禁煙して治療しました。しかし時既に遅しでした。皆さん、一日でも早い禁煙をお勧めします。

それでもどうしても禁煙できない皆様。《吸い殻のポイ捨て》これだけは止めませんか。

道路、公園、ゴルフ場etcあらゆるところにポイ捨てしてあります。更には溝とか川にまでもポイ捨てされています。これによってどれだけの生物に悪影響を与えているのか考えたことがありますか?

ニコチンは化学物質としては毒物に指定されています。神経毒性が強く、赤ちゃんだったらほんのわずかな量で死んでしまいます。

また、タバコの中にはニコチンの他、ヒ素や鉛、ホルムアルデヒド、カドミウムなどが含まれているそうです。これらが含まれているタバコをポイ捨てすることによって、川や海の生物たちにどれだけの害を及ぼすことでしょう。それなのに喫煙家は何の罪の意識もなくポイッと捨ててしまっているのです。

せめて吸い殻はマイ吸い殻入れに入れるのが常識ではないでしょうか。街中にポイ捨てされた吸い殻は誰が拾うのでしょう?必ず誰かが拾わねばならないのです。それが公共であれボランティアであれ、必ず誰かの手を煩わせるのです。

喫煙で迷惑がられ、吸い殻ポイ捨てで迷惑をかけ、生物に危害を加え、何が「国に貢献している」のでしょう。その上体に悪い。いいことが何一つないのに。

喫煙するのは依存症になっているからだと言われていますが、それなら尚更その依存症の悪循環を断ち切り、健全な生活を取り戻してください。

禁煙できないのなら、せめて吸い殻のポイ捨てだけはやめてくださいよ!!

不動産遊民

都市研究家 調(しらべ) 亮(わたる)

 

 

 

 

日本を愛する気持ち

今、教育に必要なのは日本を愛するという

気持ちです。日本人はとても恵まれています。こんな国はほとんど無いと思われます。

国境はしっかりとしているし、どこへ行くのも安全が確保されている治安のよい国です。最近は子供達が精神的に追い詰められて起こす犯罪が増えてきているように思えますが、それも他の国から見れば少ない件数です。

戦後の高度経済成長とバブル期を経て、日本は世界有数の富裕な国になり、日本国民の平均的生活水準は190余りの国の、つまりほとんどの国の人々より高いと言われています。国民所得から鑑みても中流意識が強く、住宅の持家率も非常に高いように思います。

福利厚生も実に整っています。医療において分け隔てなく治療を受けることができ、医療保険制度は充実しています。治療費の負担も安く、厚生年金・国民年金も充実し、世界で有数の高齢化社会、少子化社会を形成しているのです。

それに伴い空き家が全国で800万戸を超えました。各地域に空き家が増え続け、全国で空き家問題が深刻になってきています。これも実は贅沢な問題なのです。少子化の問題や人口の都市集中など色々な問題が複雑に絡み合い、空き家が増加しているのです。これが今後、地方に悪影響を与え、地方の地盤沈下が始まり、地方の経済が成り立たなくなるのではないかと心配になります。

空き家が続出してくるということは不動産の価値が下がるということなのです。このことは、個人個人の資産がどんどん目減りするということなのです。せっかく借り入れをし不動産を所有しても、その価値が減少するということなのです。そしてそれはいつしか個人ではなく地方全体にじんわりと響いてくることになるのです。不動産の固定資産評価を押し下げるということになるのです。市町村の税収の3分の1を占める固定資産税収入が目減りしていくということは、市町村の経営が成り立たなくなるということなのです。

そして今、固定資産評価が時価を上回る状況が現出しています。これはどういうことかといえば、不動産がどんどん値下がりしているのに、固定資産評価が適切適正に評価されていないからなのではないでしょうか?

これは行政が税収が減ることを恐れて、こまめに評価替えに取り組んでいないからかも? まさかそんなことはないでしょうが、行政が故意的に目をつむるか曲げているのではと思えてしまうのです。そしてマスコミも黙り込むという構図ができ上がっているように感じてしまうのです。

加えて法律が複雑、多岐になり実社会から離れてしまい、その改正が状況に応じ改正制定できなくなってきています。以前より国会議員のレベルが低下しているのか、対応しきれないようです。

今この恵まれた日本が色々な面で柔軟に対応しきれない為に“ゆで蛙現象”が起きているのではないかと心配です。この恵まれた国、日本が、日本国民自らが貶めているように思えてしょうがないのです。

私達は有事であるこの機会に根本から見直す必要があると思います。日本人は自分を見直すという自浄能力が外国人と比べて欠けているのが現状です。

もう一度見直しましょう。また子供達にそのような心を芽ばえさせる教育をしましょう。

まずは教育の改革を。

          不動産遊民

都市研究家 調(しらべ) 亮(わたる)

 

丁度良い

丁度という言葉を調べると 《時間、分量など過不足なく一致するさま、きっかり、ぴったり、あたかも、さながら、まるで、まさしく、たっぷり、なみなみと》などの意味が出てきます。

私は最近年のせいか物事はなんでも丁度良いのが最も望ましいことであると思うようになりました。

例えばお金とか財産とかは自分が生活する上で足りなくては苦しいし、かといって余り過ぎてもいけない。お金が余り過ぎる、と聞くと世の中の人はそんな恵まれたことは無いと思うことでしょう。しかし余り過ぎるということは非常に辛いことなのです。将来的に争いを起こすこともありますし、まず子供達の教育に悪影響が出ます。どちらかというと不足しているよりもより悪影響が出てくるように思われます。まず子供達は働く意欲を持たない、無気力な子に育つ確率が高いように思います。そんな状態で成長していけば、必然的に無気力無責任な大人になってしまいます。そしてその有り余りあるお金、財産が一生涯に渡り充分であってくれればいいのですが、働く気力の無い生活を続けて、お金や財産が不足してくるともう大変です。最終的には年老いてから生活破綻となってしまいます。もしかしたら生活保護を受けている人の中にはそんな生活をしてきたような方がいるかもしれません。

今日、日本ではこの種の大人がどんどん増えてきているのではと心配されます。若者の登校拒否や引きこもり、高齢者の自宅とじこもり等、社会に対応できない人が続出し、また長期化しているようですが、これが我々の先人達が血と汗の努力で築いてきた結果だとすると大変皮肉なことです。逆にお金が足りない境遇がたくましい人を育てるとしたら何の為の努力だったのか解らなくなってしまいます。

日本は世界の諸国に引けを取らない恵まれた国だと思います。幸せです。でもその幸せがこのまま続くとはとても思えません。その原因が私達の豊かさが招いてるとしたら大問題です。今のお金、財産、豊さをどう使うのか、どう増やしていくのかということを教えるには、子供のうちに教育していく以外には解決策が無いのではないかと私は思っています。

日本の教育は暗記が中心の知識詰込み型となっていて、欧州のように考えて導き出すことを重視している訳ではありません。お金の使い方にしても、個人個人の資質に頼ってそれぞれ独自にやっているのが現状で、教育としては全然やっていないという御粗末さです。先を見通せない今のこの時代に、未来を洞察し、自分なりの答えを見つけ出すためには、やはり教育は必要だと思います。

また、私達は今の自分の収入が丁度良いと思えるように、収入に応じた生活をすることを覚えていかねばならないと思います。バブル時代は逆に支出に合わせて収入を決め、消費者金融にお世話になったという人も多かったと聞きます。ですがこれからの日本は景気も衰え、国力も衰えて下降線を辿る一方になる可能性が大です。そんな中、暗記中心の教育方針で大丈夫なのでしょうか。

どんなことも丁度が良いという考え方で、「私はお前が丁度良い」で夫婦仲を円満に、所得は「私の生活に丁度良い」、友達は「私の価値観に丁度良い」、なんでも「私に丁度良い」と思うことが世の中をうまく渡る秘訣なのではないでしょうか。《丁度良い世の中に》 過ぎたるは及ばざるが如しといいますが?
不動産遊民

都市研究家 調(しらべ) 亮(わたる)

 

 

 

 

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