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サンサンコーナー

ローマ旅行記

 ローマの街は歴史の宝庫です。何もかもが神さびていて神々しく感じます。

 シーザーが馬車で、ポンペイウスが、アウグストゥスが、真紅のトーガを翻して通った石畳の道路を今私たちが踏みしめているのです。ヨーロッパ、アフリカ、アジアの世界を支配したローマ帝国、そのローマ帝国の首都ローマ、今まさに私たちはそのローマにいるのです。

 旅装を解くのもほどほどに石畳の歩道を歩き、ウィンドゥショッピングです。今でも大型店に負けず、小さな間口2間ぐらいの狭い店で、色々多彩な品物を集めた店舗が並んでいます。どうして大型店に負けずに色々な店が頑張っていけるのだろうと不思議に思いながらのショッピングです。昔の日本もこうだったなあと思いながら、次から次へと専門店を巡りました。

やはりイタリアは衣類の町です。品質はともかく、色の取り合わせ、染色が素晴らしく、どうも目移りするのですが、日本でこれを着たらどうなるかと思うと臆病になる私です。それでも2~3枚のTシャツを買って遺跡の方へ向かいます。

 あちらこちらに古い建造物があり、どれもこれも由緒がありそうで目が落ち着きません。とりあえずイタリア人の貴族の邸跡に見学ということで、ビア・ゴイトウ今はミュージアムとなっている所で入場料を払って入場。どれだけ入場料がいるのか・・・?

 中にはその貴族の肖像画、彫像etc.素敵なものばかりです。

そこからビア・ティアトロ・マルセロ広場です。教会の前では世界各地から集まってきたのではないかと思われる人・人・人の波で、若いカップル、中年の夫婦、中国or韓国からの観光客等があふれています。

広場には石の塔が建ち、凱旋の物語が刻まれ、歴史を物語っています。その教会のまわりはコロセウム、バチカンセントマリア教会等目白押しです。

あとは夜の観光に回すことにして、まず喉が渇いたので喫茶店にでも入りましょう。イタリアの喫茶店はスィーツの店とパン屋さんが一緒になったような店で、そこでコーヒーを注文しました。そのコーヒーはデミコーヒーで、その濃厚なことこの上なく、香りも最高です。仕事帰りにチョッと立ち寄ったのか、イタリア人のカップルがそのコーヒーを飲みながら、ペチャペチャとイタリア語でしゃべっています。我々日本人に対しても一切人見知りする事なく微笑んでくる人懐っこさはさすがローマっ子だと変に感心したのは私だけだったかもしれません。

 みんな一緒での夜の観光の時間が迫ってきたので、取り敢えずIQホテルに帰りましょう。夜の観光は名所旧跡巡りです。たまに団体行動をしないと忘れ去られる恐れがありますから・・・。

 次回は夜の観光、夜の食事へと・・・。

                                                 調 亮

私のドバイ・南イタリア旅行記

 先日私達は、恒例の海外への旅に出かけました。今回はドバイ(UAE)アラブ首長国連邦、そしてローマ南イタリアへの旅です。毎年小松を出発する時には雪に悩まされるのですが、今回は雪もほとんど無くスムーズに関空に着きました。

 関空からドバイ経由、ローマまで16時間の空の旅です。ドバイ迄11時間、ドバイからローマ迄5時間です。飛行機はエミレーツ航空、UAEの半官半民の会社です。世界一サービスが行き届いているという評判の飛行機でしたが、我が日本のJAL、ANAのサービスと比較しても、そう大差は無かったように思いました。

 機上では相変わらず、私は読書三昧です。「日本の歴史」の16巻570ページをほとんど読み切りました。読んだところは丁度江戸時代で、種々の年貢の取り立てで農民がしぼりしぼられ、その上天災により大きな飢饉に襲われてひとつの藩で何10万という餓死者を出すという項でした。どうして不作でこんなに餓死者が出るのか不思議でならなかったのですが、五公五民はまだ良い方で、酷い時は七公三民という年貢の取り立てが苛酷で、備蓄ができなかった為にその被害を拡大したのだと知りました。政治というのは一歩誤ると凄まじいものだなとの感想を胸にローマ空港に到着したのでした。

 そこから、ローマ市内へ電車で向かいます。総勢8名、イタリア語のできる人は全くいない、英語は殆ど中学生並みというのが2人、それ以外は全く日本語のみという6人です。このメンバーでの珍道中が始まります。

 まず電車の切符を買うという作業からです。自動販売機はあるのですが、どうやって買ったら良いのか?イタリア人が買うのを横目で見ながら8名分を購入。プラットホームに入るには切符をどうしたら良いのか?現地のイタリア人の通過動作を見ながら、ようやく日本の新幹線らしきものに乗り込みひと安心です。でも我々は、こんな事にはすぐに慣れてしまう柔軟性を充分持ち合わせています。そのうちベテランのごとくに振る舞うようになるのも時間の問題でした。

 さてどこの駅で降りるのか。我々はローマ駅だとばかり思っていました。しかし上にローマの付く駅がいっぱいあって、どのローマ~駅で降りれば良いのかさっぱり分からず。結局我々の目的駅はローマテルミテ駅でした。東京駅が一つではなく、東京品川駅、東京新宿駅となっているようなものでした。それも大きな勘違いでした。でもそんな些細なことはすぐに慣れてしまってテルミテ駅のすぐ前のIQホテルに荷物を預けすぐにローマ市内見物です。

 イタリアは私のあこがれの地です。塩野七生著の「ローマ人の物語」にはまってしまい、イタリア人の方よりもイタリアの古代に詳しいと自負している私にとって、人生初のローマは私の予想通りで、街全体が歴史的建造物で道路の石畳みさえも古く銹びて歴史の重みを感じさせます。街行く女性は何となく美人で、イタリア語がとびかって歩いていても心が踊ります。道にはファッションの店が立ち並び、鼻の高い足の長い女性がにこやかに迎えてくれ、我々のヒヤカシ客を適当にあしらう格好までが何となくあか抜けて我々を楽しませてくれます。これからのローマ観光の楽しさを予感させます。

 さぁ古代の遺跡巡りを!と意気込んだ私の気持ちはシーザー(イタリア読みではカエサル)になったような気分。東洋の片田舎から来た、小柄で足の短い、トウガを着ても全然似合いそうもない私の高揚した気分は、とてつもなく膨れ上がり息苦しささえ感じます。

 ローマの夜の散歩、徘徊、遺跡巡りにしようと思ったのですが、紙面が尽きたので次回にしたいと思います。乞う御期待!!

                調 亮

社会システムの変革

 前回は、少子高齢化社会に備えて元気な年寄りをうまく使うシステムに変革しようというお話でした。今回は経済について書いてみたいと思います。

 「経済」とはそもそも中国語で 「経世済民」という語の略です。大まかに言えば、経済活動で世の中の民を救おうという意味です。

日本では、江戸時代後期から現代までの人口が、江戸後期約2,700万人、現在は1億3,000万人強に増加しています。この人口増による経済規模の拡大は単純に4.5倍になるわけです。その人口増だけをみても右肩上がりの経済成長が見込め、毎年5%とか7%とかの経済成長が見込めたわけです。一つの家内工業でも毎年生産高が伸びていき、住宅が増えていき、真面目に努力さえすれば個人の所得がどんどん増え続けていったのです。

今の厚生年金の試算もこの頃の状況を踏まえて試算されていると思います。

 ところが、経済が潤うと色々な自由が謳歌でき、様々な生活スタイルを楽しめる事になりました。結婚しない若者が増え、その上子供を産まない、よしんば産んだとしても非常に低い出生率。今や日本は少子高齢化社会にまっしぐらです。この事は地球の環境という一面から見ればとても良い事なのかもしれません。しかし対世界に目を転ずると、とても競争力がある社会とは思えません。

 先日海外へ行ってきましたが、そこでは私達のような年代の人はあまり見かけませんでした。お年寄りはどこにいらっしゃるのですか、と尋ねると上の方を指さします。2階にいるのかと思えば、それは天国にいるんです、という事だったのです。

そうなんです。お年寄りは皆お亡くなりになって、若者たちが世の中を謳歌しているのです。平均寿命60何才、驚くべき事で、日本では・・・のごとくです。

 では、この行き詰まり状況をどう打開するか?これは大変な難事業です。今のアベノミクスのごとき小手先の動きで、とても解決できるものではないと思われます。もっともっと根本的なものが必要だと思われます。

 今政治家は、どんどん税金を重くする事、そして法律で国民を縛る方向で解決しようとしています。今の政治家のレベルではこんなアイディアしか無いのでしょうか。税金を重くする事、法律をいっぱい作って取り締まる事は、一見世の中がうまくいくように錯覚するのですが、これは長い目で見れば、国民の自由な活動を妨げ、国際競争力を削ぎ、働く意欲を減退させます。一億総人口が公務員になって安定した生活、働かなくても食っていける生活を求めだすのです。今若者たちは働かなくても親の脛を、親の年金をあてにして生活している人がものすごく増えてきています。一生懸命働いた人と程々にしか働かなかった人との差が無くなれば、働きたくなくなるのは当たり前の事です。そして、法律が細かい事を決めれば決める程罪が増えていき、ペーパードライバーが一番優秀なドライバーとして表彰されるような変な世の中になってしまいます。

 行動には常にリスクと報酬があると思います。リスクが大きければ大きい程、その報われるものも大きいという社会でなければ、誰が冒険に挑戦すると思いますか?

誰もしないと思います。やはり努力したものが報われる、挑戦したものが成功を勝ち取り、その報酬を得る、そんな世のシステムにしないと若者がどんどん年寄りになって年の若い年寄りが増え、ただでさえ多い本当の年寄りを合わせて、日本は年寄りばかりになってしまいますよ。

 世のシステムを若者が若者らしく働く意欲を持ち、年寄りは若々しく働ける、そんなシステムの構築こそが政治家の役目ではないでしょうか!!

調 亮

小成功は大失敗のもとPartⅢ

 今日本の国は大成功を納め、日本国民がその禄を得、経済・政治ともに安定した生活をしています。戦争という大失敗を経験し、それに負けないで、日本国民全員が歯をくいしばって努力し、二度とあのような失敗を繰り返さないようにしようという固い決意が、今の日本の繁栄を築いてきたのだと思います。

 しかしこの繁栄も50年も続くとそれがあたり前になってしまって、国民は驕り高ぶり、平和ボケで昔の大失敗を忘れ去り、今の平和や繁栄が先輩達の血のにじむような努力の賜物だという事を忘れ、平和を守ろうと声高に言いさえすれば、平和になるのだと錯覚しているようです。

 今は平和を守る努力、例えば外交力・経済力・軍事力・その他諸々の力を蓄える必要があると思います。それは一言で言えば、国力を増すという事なのです。「国力を増す」という事は具体的・単的に言いますと人の力をつける、国民の力をつけるという事に外ならないと思います。それは、国民を鍛える教育をするという事になると思います。

 しかし、平和ボケ・繁栄ボケした日本人は、ほとんど危機意識に欠け、危機を回避するという感覚が無くなっているように思います。国内の法は古くなって時代に合わなくなっているものが多数あるにもかかわらず、ほとんど改正できず、その上新しい法律ばかり作って国民をがんじがらめにして、国民を身動きできなくさせてしまっています。

 栄枯盛哀は世の習い、と言いますが、隆盛を迎えた民族は必ず衰えるというのはこのように人、又社会が動脈硬化を起こし、制度疲労を起こして衰えていくのです。そこにはこの「小成功が大失敗を招く」というこの法則が働いているように思われます。

 そしてこの法則の基本は、人にある、人の驕り高ぶり、当然と思う心、あたり前と思う心に生ずるのではないかと思います。私達は今や日本という国だけではなく、世界を相手にしていかなければならない時代になってきています。そんな時にピントの外れた法律・税制・等々の諸制度を守ることにキュウキュウとしているようでは世界に取り残されてしまうと思います。

 私はもっと社会を活性化させる教育、知識を入れるのみでは無く、考える力をつける教育、人を育てる教育、国を守る気概を持つ教育こそが今必要である、その為には歴史認識をしっかり持って、活動できる人こそが教育者として必要だと思います。

 今日本には能力のある人がいないのではなく、能力のある人を使い切っていないのではないかと思います。

歴史は繰り返す。

 民族が滅びる時は能力のある人がいないのではなく、能力のある人を生かす社会でないというところに問題があるのです。

                  調 亮

小成功は大失敗のもとPartⅡ

 前回小成功は大失敗のもと!という事を書きました。実例は解り易かったでしょうか?

 しかし実例はこの世の中に掃いて捨てる程あり、私達の身近にも数多く散見できると思います。卑近な例をあげれば、会社の倒産があります。チョッと調子が良いと車がクラウン・レクサスになり、挙句のはてにベンツというパターンがとても多かったように思います。その上生活が派手になり、贅沢になり、何でも自分中心に考え、傲岸無礼になり、人が段々遠ざかってしまい、気づいた時は友達が身近に誰もいないという状況になってしまう。もうこれは末期的状況です。チョッとした世の中の変化に対応できなく、売上の減少、不良債権の発生、人材の不足、そして資金不足となり、倒産というパターンがいかに多いか、私達が常に目にし、耳にしている事ではないかと思います。

 これはどうしてだろうと考えてみますと、小さな成功というのは何か毒を含んでいるのではないでしょうか。まず、ひとりの人間の一生は長くて100年。こう考えた時に、小さな成功というものを積み上げ続けなければならないという事です。現在、日本の株式会社の平均寿命は50年に満たないと言われています。それは理由はどうあれ、小成功を積み重ねていく事がいかに大変であるかと言う証明なのではないかと思います。その小さな成功は、毎日毎日継続した努力の結果成し得ることだと思うからです。その時に普通の人は、皆「油断」という毒を飲むのかもしれません。それが贅沢という病になり、生活や経営を乱し、一つの緊張感を取り去り油断となり、あらゆる努力を怠り、明日への投資を怠り、情報の収集を怠り、時代から取り残されてしまうのかもしれません。

 という事は、小さな成功というのはもうこれで良いという終着点、到達点が無く、永遠に続くものなのだからではないかと思います。

そしてその後にくる大失敗は、その人の命取りになってしまう程ダメージが大きいのかもしれません。

 人生「終り良ければ全て良し」という言葉もありますが、「失敗をしないことが、特に命取りになる程の大きな失敗をしないように生きる人」こそが人生を生き抜く上での達人と言えるのかもしれません。自分の人生もいよいよ黄昏時、常に奢らず謙虚に、常にアカデミックに、人に迷惑をかけずに将来を読み、生きていければ大変幸せな事だと思います。

 お互い努力して、楽しく生きましょう。

                  調 亮

小成功は大失敗のもと

 私達は小さい頃から「失敗は成功のもと」と言われてきました。それは、失敗をしてもめげないで努力をしていれば必ず成功できるという励ましの言葉でした。私達はその言葉に励まされ、少々の失敗にもめげず、その失敗を糧に努力してきました。

 しかし、中国には全く逆の諺があるのです。それは「小利は大敗(損)を生ず」という諺です。どういう意味かと言いますと、小さな成功は大きな失敗の原因となる。小さな勝利は大敗につながるという意味なのです。

この言葉は実に意味深であります。小さな失敗を積み重ねていって、それを改善する事で成功に結びつけるという事の反対に、小さな成功を積み重ねるという事により、大失敗につながるという事の原因とは何なのでしょう。

 これを考えて見ます。人は失敗をすると反省をします。そしてその反省を元に対策を打ち、次は失敗しないようにしようと気持ちを引き締めます。それが大きな成功につながります。

 しかし成功をしてしまうと、それで良しとして、次の対策を怠りがちになります。全く前のままのやり方を踏襲するだけという事になりがちです。そうしますと環境の変化等があるとそれに対応できずにいて、失敗につながるという訳です。

 また人間の性として、成功するとどうしても驕り高ぶる習性があるように思います。そうすると上から目線で、物事を見るようになり、小さな変化、そして大きな変化を見逃し、大失敗という事になり易いと思います。そして成功をすると、変化を求めなくなり、改善とか改造という事を思い切ってできなくなりがちになるようです。その上、その成功体験が逆に足かせとなるようです。

 小さな例をあげますと、パチンコに勝つという事です。一度勝ちますと又勝つのではないかと行き続け、負けが込んでどうにもならなくなるまでやめられないという方が、いっぱいおられるのではないでしょうか?

 又大きな例で言えば、歴史的に見て日本が日清・日露の戦争に勝ち(日露戦争には勝ったというより、痛み分けに近かったようですが)日本の報道は勝った、勝ったと浮かれ、国民は神国日本と驕り高ぶり、その結果太平洋戦争へと導かれ導き大失敗へとつながった訳で、これこそがまさに小利が大敗を招いた好例ではないかと思われます。

 今は、その大敗の反省のしすぎで、まず行動ができないという時代なのかもしれません。

成功と失敗は、あざなえる縄のごとく表裏一体を成し、人間にとって永遠に続く課題なのかもしれません。

                           調 亮

 

グランドデザインを描けない日本人PartⅥ

 昔、と言ってもそんなに昔の事ではないのですが、江戸末期から明治維新の頃の事なので130年から160年ぐらい前の事です。

 日本の国論が「尊王攘夷」という言葉に統一されて、明治維新の革命の原動力となり、異なった意見等言おうものならすぐに暗殺されてしまうという物騒な世の中になっていました。

尊皇攘夷とは、天皇を尊い夷敵を打ち払うという意味で、夷とは外国と言う意味です。

 尊皇はよく解るのですが、外国人を打ち払うとは今から考えてみても穏やかではありません。何故攘夷なのかと言うと、孝明天皇が外国人嫌いであったという事と、日本人が島国根性で、外国人に対して慣れていないことによる恐怖心から、そのような尊皇攘夷運動となっていったと思われます。

その結果革命の推進藩である薩摩・長州は攘夷を実行し、完膚無きまでに英国その他にやられてしまいました。薩長は、外国特に英仏その他の国々の実力はとうの昔に理解していたにもかかわらず、それを正しく言ってしまうと一般の無知の日本人達(ほとんどの日本人)から誤解されると言う事で、そのまま尊皇攘夷の方針で明治維新をやり遂げてしまったのです。

 そして維新後には尊皇を前面に押し出し、攘夷にはほっかむりしてしまったのです。

明治維新の原動力であった尊皇攘夷に現実にそぐわない面があった事はとうの昔に気づいていたにもかかわらず、その間違いを正さずにほっかむりした事は、後の日本人に重大な影響を与えたと思います。

 ①為政者が、国民に嘘をつく体質を作ってしまった事

 ②尊皇が異常な尊皇になってしまって、第二次世界大戦へと繋がっていった事

 ③国民が大切な事を知らされずにいることに慣れてきている事

 ④日本人の特質なのかもしれませんが、ムードに流されると、正しい判断、冷静な判断ができなくなるという  体質になってしまったのかも?

 『民は知らしめず、依らしめず・・・!』

この事は、今の平成の時代になっても全く変わることが無いようです。正確な情報を与えられず、判断をゆだねられたように見せかけられ、ムードという一種の社会現象に身をゆだねる日本人の性格そのものとなっているような気がするのは私だけの思いでしょうか?

今日の日本人が、ムードに流され大きくぶれる原因はこんな所にもあるのかもしれません。

維新後150年・・・!もうそろそろムードに流されず、冷静な判断ができる、沈着な思考を持つ、そんな日本人でありたいと思います。

  調 亮

グランドデザインを描けない日本人PartⅤ

 参院選は自公の圧勝に終わりました。選挙の前から、圧勝するだろうと予想はされていたのですが、予想通りの圧勝で何か間が抜けたというか、符に落ちないと言うか、何か納得できないものが残りました。

 それは何かと考えて見れば、今の選挙だけではなくいつもの事なのですが、ほとんどムードだけであったように思います。私自身、候補者を全然知らないのです。どんな性格の方で、どのような考えを持ち、はたして上に立つ素質を持っておいでなのか?どんな勉強というか、どのような方面にお強いのか?全くといって良い程地方区も比例区も知らないのです。その上その他の党の候補の事も、それ以上にわからないのです。アベノミクスというムードに完全に乗せられて、党内でどんな意見を言うのか全く解らない、顔の見えない候補者を我々は選んでいるという事が、第一に納得できないことです。

 その次に今の国政は色々な問題をかかえています。特に原発問題です。しかし、何でも反対というように原発反対だけを訴える党というのもどうなのでしょうか。私も、反対は反対なのですが、政治はそんなもんじゃないでしょう。ともあれ、政治というものはもっとバランスのとれた党に担ってもらいたいものです。ここで選挙の結果、原発反対の党が伸びなかったからといって、みんな原発に賛成したのかと言われますと否、ノーと言わざるを得ません。

 次に憲法問題です。この問題については、自分の国の憲法がアメリカ主導で作られた。日本人の総意として作られたものではない、とされている事については大変な問題があると思っています。やはり国の成立と言う考え方において、日本人が日本人としての総意に基いた憲法を戦後67年たった現在、真剣に考えてみる時期に来ていると思うのですが、それに対してはほとんどの党が沈黙…?

 次に税金の問題です。もう国家財政が破綻に近い状況になっているにもかかわらず、誰も国民に厳しい事を発信せず、税金は安く、雇用は充実、医療費等の負担はゼロ、etcと国民に迎合するような甘い話ばっかり。でも、それではやっていけないと皆んなわかっているのに…?いや解っていないのかな?でも誰もそんな事を言わない。

 特に年金問題を上げれば誰もこのままやっていけるなんて信じていないのに、この問題に正面からぶつかる政治家はいなかったように思います。いやそれは国民が悪いのかも。何故ならその問題は、国民にとって耳のいたい事になるからそんな事を言う政治家に投票しないという国民の愚かさにあるからです。政治生命が絶たれるという事になれば誰も、それに立ち向かうはずが無いですよね。かくして将来大変な事になるであろう、問題を先送りして国民に甘い事ばかり提示する、変な選挙が成されていっている訳です。

 でも、こんな国民相手にでも、政治に立とうとする人や、グランドデザインを描ける政治家集団が出て来ても良いのではないかと思います。

 変な事は、まだまだ色々あると思います。そして今回の結果で、気になる事は又も、ムードで大振れした事です。この大振れは大きなゆり戻しが、必ず来るという事です。これは民主党が経験しています。この大揺れする日本人とはいったい何だろうという事については、紙面が尽きましたので次回に回したいと思います。

調 亮

私のグランドデザイン

 今世の中は確実に移り変わっていっています。それも急速にです。世代交代も急速に行われています。

 小松という狭い地域に限って見ても、我や先、君や先という小さな変動はありますが、大きな流れでは確実に世代交代が進んでいっています。

 若い頃勇ましい事を言っていた方も、段々元気も無くなり、亡くなってしまうという状況が私のまわりでも顕著になってきています。

 私ももうすぐ67歳。人生の黄昏時にさしかかっています。体力をつけ、教養を身につけ、芸を身につけ(?)いろいろな素養を身につけ、友人の輪を広げ、たくさんのお客様にかわいがって頂き、人生を楽しませてもらっています。そして着実に変化を続けているのです。

 そんな中で、私の人生のグランドデザインはどうなのかと言いますと、まだまだはっきりとは描けていないというのが正直なところです。

 私たちは自分の人生にどんな意義を見出すのでしょうか?

 人生は生病老死の言葉通り、山あり、谷あり、病あり、子供が生まれ、子供を育て、そして、後に引き継いでいく。我々の先祖が延々と、何代にもわたって続けてきた、その結果が今日の私という存在を作っているのです。こう考えた時、私はこの後のグランドデザインをどのように描いていくのかの方向が少し見えてきたような気がします。

 それは、人を育てることではないか?

 自分の子供は勿論の事(自分の子供を育てるのが最も難しいのですが・・・)人、特に社員に、また私に関わり合う若い人達に!

たまには同世代、年配の人にでもいいか? そして自分自身が共に育つ、そんなグランドデザインを描く事こそを、これからの私の人生の理念にしていきたいと思います。

 ひとりの人間として、誇りを持てる人間

 日本人、小松人として誇りを持てる人間

そんな人間を育てる そんな人づくりこそをしたいと思う今日この頃です。

 先月、私は若い友人を亡くしてしまいました。少し人生というものに対し感傷的になってしまったかもしれませんが、思いつくままに書いてみました。

調 亮

グランドデザインを描けない日本人partⅣ

 自民党が政権与党を奪回し安部さんが首相となりました。アベノミクスと呼ばれる現象がおき、為替は1ドル100円を超え、株はダウ15,000円を超え、世の中一見景気が良くなっているような気がします。金融投資は儲かり、人々はあぶく銭を享受しているようにテレビでは報道されています。円安により、海外の輸出企業は軒並み好調なようです。しかし輸入業者はヒィーヒィー言って、100円均一のお店が大変だとか、ガソリンは値上げしないとやっていけないとか、小麦も値上がりだとか、円高の時より円安の今の方が我々庶民にとっては影響が大きそうです。

 しかし今、私たちは景気が良くなったという実感は全くありません。特に地方に住む我々にとってそうではないかと思います。

 それは何故かというと、ムードばかりが先行していて、実際の景気回復の対策は、従来の公共事業に投資する予算を拡大しただけで、後は殆ど手つかずの状態だからなのです。

 少子化対策、高齢化対策、年金医療問題、地域過疎化問題、国債問題、税金問題、東北の復興問題等々数え上げればきりがない程問題を抱えているにも関わらず、何ら打つ手が無い、アイディアが無いという状況です。このままでは将来の子孫の財産を食いつぶし、挙句の果てには借金を子供たちに担がせようとしています。国民はこの景気は本物だろうか、いつ迄もつのだろうかと不安を持ち続けているので、ちょっとした情報にも大きく揺れ動くという際どいところに今いるのだと思います。

 今私たち日本人は、世界でも有数に恵まれた国に住んでいると思います。経済的にも十分力を持っています。この余力のある時に、グランドデザインをしっかり描き、将来の不安の解消をこそ目指すべきギリギリの時期に遭遇していると言っても過言ではないと思います。それには経済の活性化以外に日本がとるべき道はないと思います。税を重くするというのは、経済の活性化に全く逆行するものであり、安易な道の選択ではないかと思います。しかし、今の政治は歳入を増やすには増税の道しかないと言う。これではあまりに政治の貧困ではないか、アイディアを持った政治家はいないんかい?将来を見据えた手を打てる政治家はいないんかい?行革をして経費削減ができる政治家はいないんかい?投資育成して世界に羽ばたける人材を育てる政治家はいないんかい?こんなグランドデザインを描ける政治家はいないんかい!・・・?

 今が日本のギリギリのチャンスですよ!!

調 亮

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