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東日本大震災に思う partⅣ

 東日本大震災の事を思う時、避けて通れないのが福島原発の事ではないでしょうか?
 この問題は、災害対策で短期間に解決できるというような問題ではありません。人間は、短期間で結果が表れるものに対してはすぐに対応できるのですが、ゆるゆる、じわ~ときいてくるものに対しては大変反応が鈍いように思います。今回の事故が人体に与えてくる影響がどんなものになるか全く分からない中、その担当者も、行政も、その責任を回避する傾向がとても強く、またその被害者もその被害を科学的根拠に基づいて証明する事がとても難しく、または証明できないかもしれません。こんな事では誰も責任を取る必要がないという事で、責任逃れをしているのではないかと思うくらいです。
 水俣のカドミ汚染の例でも分かるように、それを証明するのにとてつもない時間と経費と労力がかかります。その上、人と人との憎み合い、人間関係の歪みの上にやっと現在の状況になっているというのが現況です。それでもとても満足のいく内容ではないと思いますが…。
 チェルノブイリやスリーマイル島の原発事故においても、100㎞圏内におけるガンの発症率が通常の30%も増加したとか、甲状腺ホルモンの異常が30%も増えたとか、というデータを見ると、これを個別にどう対応していくのかと考えただけでも寒気がします。
またこれによる風評被害もばかになりません。真実を伝えない事により、憶測を生み、その憶測が独り歩きして風評となり、外国から観光客が来なくなり、近辺の農作物は一切売れなくなり、肉も牛乳も・・・あらゆる商品がほとんど売れなくなったとしたら、これはもう震災の被害なのでしょうか?
 もうそうではないでしょう。これを東電の社長が、国の担当大臣、否総理大臣が責任をとるという問題なのでしょうか?もう責任をとれるような問題ではないのではないでしょうか?
 誰も責任をとれるものではない事を我々は推進してきたのです。私達は便利さを求めて、この危険極まりないパンドラの箱の蓋を開けてしまったのかもしれません。この箱は半永久的期間、浄化できないかもしれないのです。そういう点から我々はこのパンドラの箱「原子力」というものを、遅いかもしれませんが、基本、根本から考えてみる事をこの東日本大震災が教えてくれているのかもしれません。
 ピンチをチャンスに切り替えましょう。

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