Home > サンサンコーナー > 民法が国を滅ぼす

サンサンコーナー

民法が国を滅ぼす

 前々回『脱皮できない蛇は死ぬ』という、ニーチェの言葉を紹介しましたが、その言葉が今重く我々日本人の制度改革にのしかかってきています。それは日本の民法が時代を経て、今の実状に合わなくなってきているということです。こう思うのは私ひとりでしょうか?
 民法は日本人の生活の規範を成すものとして制定されているものなのですが、それがカタカナで表記されている為に実に読みにくく、これが本当に国民の事を考えた法律なのかと思います。これを我々に馴染んだ漢字ひらがな表記に改正しようという動きもあるようですがなかなかできないようです。形式の改正すらできないのにその法文の中身の改正なんてとてもとても、できるとは……。
 でも民法は国民の生活を規制するもので、とても大切な法律です。憲法9条の改正よりもっと大切なものだと私は認識しています。
 例えば相続の問題です。今現在相続に直面している家庭では夫・妻・子供3人ぐらいの家族構成が一般的です。例えば夫が先に死ぬと妻に二分の一、子供一人ひとりにそれぞれ残り二分の一の三分の一、つまり六分の一ずつ相続の権利が発生します。これは憲法の下における個人の平等の権利のおかげです。でもこの平等がとても曲者なのです。民法では権利の平等のみをうたっています。いや負債はうたってあるよといわれるかもしれません。でも私は主に権利の平等のみをうたって、義務の平等をうたっていないことを言いたいのです。義務の平等とは、親の面倒を見る、墓を守り祖先を守る、兄弟姉妹の面倒を見るという家を守る義務の平等化を一切うたっていないということなのです。
 この事によって今日本の家がどんどん崩壊してきています。老人は老人ホームへ入れてしまって一切放ったらかし、そして亡くなったら相続の権利だけを主張するという現象が起きています。日本中の裁判所で裁判調停が行われているというのが今の日本の現状です。その結果核家族化が進み老人と若者・子供との分離が進み、認知症老人を大量生産し、子供の非人間性を促進し、今の世の中の非人間的事件を誘発しているのではないかと思います。
 そんなに遠くない昔、日本の家では、老人も若者も子供も皆一緒に生活し、例えば親無し子であっても年寄りが面倒を見、子供が親や祖父母と一緒に生活する事により、優しさや思いやりを養い、いたわりの心を身につけ老人、若者、子供とバランスの取れた生活を家の中でしていたのです。私は日本の家の制度というのはいろいろな意見もあると思いますが、このようにとても良い制度であったと思います。この制度が、日本の現状を考慮しない法律によってどんどん破壊されていっている現状を考える時、私たち日本人は日本人の為の法律を日本人の手で考え制定する時期に今来ているように思えるのです。一説によるとアメリカはこの日本の家の制度を壊す為に今の法律を作成したという人もいます。このアメリカから押し付けられた法律だと言われる今の憲法も含めて、日本人自身の手で作成するところまで私たち日本人は熟成してきているのではないかと思います。
 『ローマ人の物語』(塩野七生著)の中で「ローマ人は社会の実情に合わなくなった法律はどんどん新しい法律を作り、古い法律を脱ぎ捨てていった」とあります。それが千年のローマ帝国の形成を成した要因であると言っています。まさにその通りで、法律とは制度を作る事で、今までの平和な安定していた日本社会が、奇妙な精神病的な事件が多発し、不安定な混乱の方向へ向っている原因が家の崩壊にあるとしたら何の為の法律なのだろうか・・・・?

調亮

健全な「国家」は健全な「家族」の保護と育成なしには成り立たない
塩野七生著『ローマ人の物語』より

ページの先頭へ