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サンサンコーナー

憧れのインドPartⅴ旅行後記

デリー空港からの日本への帰還は、私にとってとても疲れたものでした。
身体の疲労というより、気持ち・心の疲労を強く感じていました。
インドへ行った人は、とってもインドを好きになって何度でも行きたくなる人と、二度と行きたくなくなる人とに極端に分かれるとの事でしたが、私はそのどちらでもなく、二度とではなく、しばらくはインドへ行きたくないなあと思いました。
 何故ならとても精神的に疲れたからです。
これは、私がインドの都会へばかり行ったからかもしれません。南部の田舎の方へ行けば、又インドの素晴らしさを感じられたのかもしれません。
でも私は不動産業者なので、都市、都会でしか成り立たない不動産の価値という、物の原点を探るための訪問なので仕方がないかもしれません。
 まず私がインドの都会で感じたのは、社会の閉塞感です。街中に溢れる難民乞食、行き倒れ、ストリートチルドレン等々。そして、路上で寝ている人、死んでいる人?等々。どの都市へ行っても、どの都市へ行っても同じである事。そしてその人たち、子供たちの教育はどうなっているのでしょう。とても正式の教育を受けているとは考えられません。
 金持ちはどんどん教育を受けて金持ちになり、世界に羽ばたいていけると思います。貧乏人は教育を受けられないために、いつまでたっても最下層の仕事をして、その場所から抜け出るのは至難の業だと思われます。
インドでは古くからカースト制度があり、新しい法律では人は皆平等であるという事になってはいるのですが、貧富の差によって、又教育によって歴然としてついてしまった身分の差が残っていて社会の風通しを悪くさせているのではないかと感じられます。
これは歴史の深いインドならでの弊害で、何千年という歳月を経て社会が成り立ってきているために、法律ができたからといって一朝一夕に改められるという性格のものではないと思います。その上富が富を生む資本主義社会の為に、貧富の差はどんどん格差が広がっていっています。世界一の金持ちはインド人であるというのも頷けることだと思います。
 今回のインド旅行では、比較的身分格差が少なく、努力さえすれば報われるという幸せを満喫している日本社会と比較して、インドが今後この格差社会を改善していくのは大変な道のりであると同時に、社会的に大きな変革が起こらないかぎりどうしようもないだろうなというジレンマに落ち込み、今までの海外旅行で感じた文化の差とか生活の差とかの「異質との出会い」とは別の、人間の怖さ、毎日の積み重ね、歴史の重さをつくづく感じさせられました。
南部にはもっとのんびりしたインドがあるのかもしれません。でも宗教が生まれ、哲学が生まれ、ゼロを発見したインドというのは、人口の多さによる摩擦、どうにもならない社会の閉塞感の中から特別に生まれ出てきたのかもしれません。
平和な日本に生まれ、自由を満喫できる日本人は感謝しなければならないなと思いながら、日本へ帰った次第です…!
どうしようもない、努力しても、努力してもどうしようもない、大きな壁にぶち当たった時の人間の行き詰まり感程辛いものはないと感じた旅でした

調亮

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